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MIMMIのサーガあるいは年代記      ー17ー

     卯月(うづき)十六夜 ー地球外知的生命体の宇宙船が接近ー

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 地球の一隅である大和平野のさらに片隅では、蛸薬師小路桃子たこやくしこうじ ももこことMIMMIが世界的著名人五人から求婚をうけるというとんでもないことが起きている。

 桃子がこんな大富豪や前途有望な青年政治家やヨーロッパ随一の名門家御曹司から求婚をうけるにふさわしいか、という疑問は一部には当然あるだろう。だが、結果的にこうなってしまった。ただ、この騒動のすべての責任は、彼女がお爺さんと自分の汚名を回復するために自己演出した肥大化した自我の結果でもあるので、自業自得とも言えよう。

 これは大和平野の片隅のーといっても世界的なー騒動なのだが、実は人類が危機に瀕しているのを、皆さまはお忘れではないだろう。恒星間天体A/2036 U1が、太陽を周回して地球の公転面へ次第に接近しているのを、賢明な皆さまはお忘れではないだろう。

 A/2036 U1はほんの二ヶ月前までは先に書いたように太陽系外惑星、あるいは彷徨える天体などと公式的に発表されて2036年の最初に発見された惑星として登録されたが、ほんの一部の天文学研究者とマニア、それに陰謀論者の間だけで、巨大宇宙船で恒星間を移動しているのだと信じられていたに過ぎない。
 小型惑星と信じていた世界各国の指導者層は、もっぱらA/2036 U1の軌道を人工的に変えようと考えた。NASAが2021年から始めて失敗した、小惑星「ディモーフォス」を標的として宇宙船を衝突させる二重小惑星進路変更実験(Double Asteroid Redirection Test)と、2032年に同じくNASAが押収宇宙機関(ESA)と共同で行った小規模核爆発による小惑星進路変更実証実験の不成功に拘わらずである。

 しかし今はもう、A/2036 U1が彷徨える天体でなく、地球外知的生命体が何らかの方法で操作している宇宙船に他ならない、との共通理解になっている。太陽でスイング・バイをしたのに拘わらず逆に速度を下げている点と、当初の予想では地球の公転面を数万キロメートルで通過するはずだったのが、地球に直接向かってくるからである。
 さらにこの推測を決定的にしたのは、電波望遠鏡と第三世代ハッブル宇宙望遠鏡による赤外線観察の結果、A/2036 U1の二箇所に大きな説明不能な熱源が発見されたのである。赤外線の放射形状から、それはA/2036 U1の動力源と容易に想像された。

 これをうけて各国の指導者層は、地球外知的生命体との接触方法について頭を悩ますことになった。
 この連載を含む出来の悪いSF小説や、SF映画では、地球外知的生命体は非友好的・暴力的に描かれるか、逆に友好的に描かれているのに大別される。 前者の代表がプレデター・シリーズとエイリアン・シリーズであろう。一部の研究者が思考実験的に、人類が未知の地球外生命体と遭遇した場合をシミュレーションしたことはないでもないが、あまり知られていない。指導者層が思い描くのは総じて前者の例である。つまり彼らの遠い先祖が、異なる文化を持つ未知の部族や民族に遭遇した場面と大差ないのであった。

 一部の研究者のシミュレーション結果では、宇宙船で恒星間を移動するレベルの地球外知的生命体(略して分かりやすく、『宇宙人』と呼ぼう)との遭遇では一方的に宇宙人によって人類が絶滅されてしまう類型、人類が単なる奴隷か家畜(家畜として食物になるのは前の「絶滅類型に含む」)として扱われる類型からはじまり……人類と友好的に交流する類型、知的優位にある宇宙人が友好的に人類に恩恵を施す類型など多様であった。この中途には、宇宙人が人類を無視して一切干渉しようとしない類型も含まれていた。

 だがこの類型化と分析にも大きな思考の陥穽があった。それは圧倒的知的優位にある宇宙人の思考、行動を劣位にある人類がシミュレートしている点である。つまり圧倒的に知的劣位にある人類は宇宙人の思考や行動を充分には推測できない。
 この点に気づいたのは、一部研究者やわたしばかりでなく平均的な知識知能を持ちながら自分で考えようとする、ごくごく平均的な大衆であった。だから各国指導者層の対応方策や知的指導者のシミュレート結果に沿わない人々が多く生じた。

 だから各国指導層の混乱の極みや、先月に日本の各地で多発した住宅ローンや教育ローンをすべて帳消し要求する「徳政一揆」や、「打ち壊し」、世界の終わりの絶望から逆に享楽的対処をしてしまう「ええじゃないか、ええじゃないか」の騒動は、皆無といわないまでも鎮静化してきた。ちなみにこの『徳政一揆』は、「一揆」を専門とする日本中世史学の若きホープの一人が、SNSで何気なしに発言したところ、それに着想・触発されたのか自然発火の野火のように拡がったもの、と現在は原因が決着している。

 世界の多くの大衆は、そう! 氷山に衝突して海水が上甲板を洗うようになったタイタニック号上の乗員、乗客たちのようなものであった。
 品位をもって最期をまっとうしようとする者、最期の最期まで最善を尽くして他者を救おうとする者、ただたんに呆然とする者、避けられない顛末に耳目を塞ぎ飲酒や宗教に逃避しようとする者、あくまで生に執着しあらゆる卑劣あるいは非人間的行為に及ぶ者(個人的には、この類型を否定的にみないのだが)、これらいくつかを併存する者などであった。

 A/2036 U1が接近して起きたこのような世界の混乱と暴動を詳細に記述したかったのだが、それには紙幅しふくがとてもとても足りないのです(便利な言い訳ですね)。

 人類史上初の知的地球外生命体宇宙船(国際非公式符号として「//2036Z」と命名しよう)は、この後、月にちかづきその裏側を、月の公転速度で円周軌道を描き始めた。つまり地球からは直接観測できなくなってしまった。「//2036Z」は月の裏側から、小型観測宇宙船と思われる金属物質を地球の人工衛星軌道あたりに放出しはじめた。人類は、その意図を図りかねているところである。

 大和平野の一角の蛸薬師小路たこやくしこうじ邸宅とその周辺の愚かな大騒ぎとは裏腹に、「//2036Z」の地球接近に冷静に注目している人物が二人だけいた。その一人は、カーテンを閉めてバーボンのボトルを抱いて閉じこもっているお爺さんだった。気分が塞ぎ込み、酒には溺れていたが暗い室内でテレビのニュース番組をつけっぱなしにしていたので、「//2036Z」をめぐる動向に知識があり、また酔っている分に比例してこの一連の悲観的な情報に冷静であった。
 もう一人が、意外にもヒロコ―であった。

 彼は一攫千金の機会とばかりに、「//2036Z」にちなんだ怪しげなグッズを販売して大儲けをしたのである。例えば、「宇宙人と友好的に交流できるお守り」、「宇宙人から加虐的取り扱いをうけない守護聖人のお守り像」、「人類が滅びても自分と自分のお気に入りの人間だけは助かる念珠」、「必携! 宇宙人との簡単な会話CD」、「宇宙人の文書に被せると自動的に翻訳してくれる透明な下敷き」……など怪しすぎる商品を売りさばいたのである。その上彼は、製造、仕入れ費用などの経費を、人類はすぐに滅びると言ってすべて踏み倒した悪逆ぶりであった。

  (つづく)

「//2036Z」の想像図


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