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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー18ー

18/n

  卯月(うづき)晦日(みそか)  ―おっさん あほやろ―

 

 丘陵と田園が拡がるのどかな大和平野は葉桜の季節は遠くに過ぎ、草木が新緑をそこかしこたけだけしく争い、人々は五月さつきの晴天を待ち望んで空を仰ぎ見た……というのは昨年までのこと。蛸薬師小路たこやくしこうじ邸宅の周りの田園は寄り集まった群衆に踏み荒らされ、ゴミがまき散らかり住民への迷惑が高まっていました。
 加えて、桃子に求婚した世界的に著名な五人が群れ集まったのですから、事態は最悪になりました。

  五人の中で最大の資産家であるアメリカ人ビル・フォン・バージニアは、離婚歴五回、年齢が七十八歳にも拘わらず桃子に一番執心していました。
 彼はサンフランシスコに係留していた大型クルーザーをクルーに大阪湾の関空沖に回航させ、本人はプライベート・ジェットでアシスタントや護衛、専属コックなど六十名を従えて来阪しましています。ジャット三機の駐機料金だけで一日四百万円あまりかかっているという関係者の噂でした。ほかに格納庫使用料や整備費がかかるそうですが……。

 クルーザーが回航されてきてからは、彼はそこで宿泊しています。クルーザーと言っても四百フィート級でヘリ・パッド二面を備えている豪華客船クラスです。ビルは夜な夜なパーティーを催し、朝早くヘリコプターで大和平野へ向かい、蛸薬師小路邸の門前で、桃子に会わせろ、それが無理なら会話だけでもさせろ、こんな老い先の短い老人の望みを断るのか、と大騒ぎをします。当然のことながら蛸薬師小路邸では彼を桃子に会わせるどころか取り次ぎもせずに門前払いをします。
 するとビルは、決まってこうわめき散らします。

「この一帯の土地をすべて買いあさって、雑草も生えないようにしてやる。この国の経済もボロボロにしてやる! 覚えてろ! 黄色い類人猿ども!」と叫んで、人差し指で首を掻き切るハンドサインをするのでした。このあたりは桃子の中指をたびたび立てるのと似てますよね。

 桃子の大邸宅の周りにたむろしている桃子の追っかけや地元民の野次馬は、毎朝、彼の罵倒が決まり切っているので飽き飽きて、新しい罵倒の発表を心待ちにしているのですが、それは今のところかなっていません。

「あの爺さんは迷惑やな。クルーザーに金髪や黒髪の若い美女をどっさり乗せて、毎晩らんちき騒ぎをしてるらしいが、なんで桃子お嬢様に執心なんやろ。ほんま迷惑なこっちゃ」と、正門の警備担当責任者に昇格した「迷惑もハローワークもあるかい」が口癖の柄の悪い元気なお兄さんが嘆くことしきりでした。
 
 ビルは大和平野の丘陵部に着陸用のヘリ・ポートを急造したのですが、用地選定、買収、建設完了まで二週間という早さ、言い換えれば、アメリカドルの札束を関係者の口に押し込んで窒息死させたようなもの。丘陵部の土地を彼に売った地元民のお爺さんは、外国為替相場を確認し電卓で円に換算しながら、テレビの取材にこう答えています。

「荒れ放題の竹藪が、ドルに変わったわ。けど、あのヘリ・ポートちゅのはな、コンクリートを打たず転圧しただの仮設や。夏になったらオモロイことになるで。あいつら日本の植生をめくさっとる。夏の日本はむごいの、あいつら知らんのやな。ジャングルとおんなじや。アマゾンや東南アジアの方がマシや、と近所のおフランス帰りの兄ちゃんはゆうとる。枯葉剤なんか効かんさかい。雑草とつたとか笹竹とか木が生えまくるわ。あっというまに始末におえんようになる。それに、春になったら竹が生えてくる。あいつら竹の生命力もしらんからな。地下茎の長さも知らんやろ。春先にはヘリ・ポートに竹の子がぎょうさん生えるわ。コンクリート打っても破って生えてくるわ。それが竹や。始末に終えんのや。それがまた楽しみや」
 テレビのレポーターは、生えた竹の子を収穫するのかと質問しましたが、答は違います。
「あほか。お前は国際経済ちゅうもんをなんにも知らんな。竹の子対策で、コンサルができるやろ。そしたらまたアメリカドルの札束がまた入るがな。……くそっ! 今日の為替相場はジェット・コ-スターやな」
 
 中国の紅い独占資本家と呼ばれる李戦念りせんねんも大資産家でしたから、ビル・フォン・バージニアの振る舞いと大差ありませんでした。ちなみに彼は七十歳でビルとそう変わらない高齢です。
 彼は奈良市内の伝統と格式を誇るあのホテルを即金で買収し、仮住まいとした。そこから黒塗りの高級車とトラックの車を連ねて、蛸薬師小路邸まで日参し、プレゼント攻勢に励んでいます。貴金属の装身具や高級香水はもちろんのこと、珍しい生花や果物のこともありました。もちろん早朝に摘みたて、切りたての花や果物です。全世界の農場から早朝に収穫して翌朝までに空輸しました。
 言うまでもなく彼所有の航空貨物輸送会社を使ってのことです。
 さらに言わずもがなですが、一束二束の切り花や両手で持てるだけの高級果物のレベルではありません。十数トン単位です。
 そんな量のナマものを蛸薬師小路邸宅周辺の公道に山積みするのですから、公道を塞ぐだけの弊害ですまないと、みなさ様もご想像いただけるでしょう。半日で腐敗してしまった果物の腐敗臭を想像してください。
 加えて、高級クラッシック・カーやオーダーメイドの装飾品を道脇にも積み上げるのですから、桃子親衛隊の面々や野次馬連中が、隙あらば奪い取ろうと狙い、時として獲物の奪い合いがおきるのです。
 このように蛸薬師小路邸宅とその近隣住民(一番近い隣家まで二キロメートルあまり離れているのですが)にとって迷惑きわまりないものでしょう。

 李戦念とビル・フォン・バージニアが、正面玄関前で鉢合わせすることも、時にあります。
 ある朝、正門玄関前でかち合わせてしまい、剣呑な雰囲気になってしまいました。互いに顔見知りで、投資上のライバルでもありましたから、彼らに従う随行の面々、とりわけボディー・ガードたちが勇み立ち、あわや大乱闘になりかけたのです。

「迷惑も……」が口癖の元気なお兄さんたちもなかなか手に負えず、消火栓からホースを引き出して放水し、発煙筒をたき、消化器の泡をかけるなどして、なんとか引き離したようです。おかげで正門前は水浸し、泡まみれになってしまいました。蛸薬師小路邸では、ほとほと手を焼いていましたが、野次馬はこの二人が引き起こす大騒動を見たくて、人数が増えてしまう負のスパイラルに陥っています。

 ロシアのオリガルヒ(新興財閥)の息子イワン・イワノビッチ・シャマロフの場合も似たようなものです。
 彼も泉州沖に大型クルーザーを仮泊させてそこからヘリで通っています。彼は夕闇が迫る頃、裏門付近を徘徊しながら、自作のロシア語叙情詩を大声で朗読するのです。彼は取り巻き連中にプーシキンの生まれ変わりなどとおだてられて、自分を偉大な詩人だと思い込んでいるので、自作の叙情詩で桃子を感動させ、彼女が自分を受け容れてくれる筈だ、と大きな勘違いをしているのです。
 しかし、彼の自作の詩とやらも三日で尽きてしまい、あとは恋の歌謡曲を生演奏で歌うばかりです。これも彼が覚えている曲は二日で尽きてしまい、今はメキシコのマリアッチをロシア語で歌ってばかりいます。
 彼が引き連れてきたメキシコのマリアッチ楽団が奏でる曲に、メキシコ麻薬戦争の生き残りであるロドリゴやゴンザレスの郷愁をかきてられたのが、意外な効用でした。イワンのマリアッチを毎日心待ちにしているのは、桃子でなくロドリゴたちです。ロドリゴたちは、「デスペラード無法者」という映画の曲が大好きで、毎日何回もリクエストしていましたから、イワンも最初は張り切って歌っていたのですが、再三となると辟易して壁際で歌う時間が短くなったということです。ロドリゴたちメキシコ人の意外な効用でした。

 フランツ・ヨーゼフⅣ世・ハプスブルク=ロートリンゲン
 ヨーロッパ随一の家門の彼は、これまであげた三人よりは資産はありませんが、その祖先は紀元前に遡りローマのシーザーの直系を仮冒かぼうする一族ですから、その自尊心はK2の頂よりも高いのです。
 彼は畑を”借り”て、そこにバンガローの一群を建てました。彼と彼の支持者であるオーストリア帝制復興主義者の仮住まいです。ヨーゼフⅣ世は、ハプスブルク家の紋章とオーストリア帝国の国旗を先頭に掲げて、ホルンの吹奏高らかに帝制復主義者の男女を従えた行列で桃子の邸宅へ毎朝通いました。
 彼は白銀のように磨き上げたフル・アーマードの中世西洋甲冑を身につけマントを翻してぎこちなく進みます。

「偉大なるハプスブルク家のオーストリア帝国は永久とわに栄光あれ! 軍勢の先頭をかけるは稲妻か、疾風はやてか? いやあれはハプスブルク=ロートリンゲ家の御曹司おんぞうしのお姿。神よ! とくと照覧あれ! つき従うオーストリアのたけき男女おのこめのこ戦士いくさびとは誉れに満ち満ちて……」と、付き従う人たちは歌いながら行進しています。

「なんや? あの変なオッちゃんオバチャンたちは。あんな髪の色に染めたら先生に叱られるけど、大丈夫なんかなぁ」
「変なうた歌うてはるわ。おかしい。”オーストラリア”がなんちゃらかんちゃらて……。コアラとカンガルーいっぱい連れてきたら分かりやすいのに、アホやな」
「お母はんが、あの人たちと目ぇ合わせたらあかんてゆうてはったで」
「吉本の舞台でも今どきあんな格好はもう居いひんし、平成や令和の大昔やな」などと、地元小学校低学年の女の子が笑いながら、一行が横断歩道を渡り切るのを眺めて、言い合っていました。

「うちの英会話スクールのベス先生金髪やけど、染めてるんやな?」
「そやそや、それ危ない人や。地毛の色はピンクか紫やで」
「そやな」
 彼女たちは、奈良出身の明石家さんまの後継者になるという不敵な野望を抱くちびっ子です。

 五人の求婚者のうちで最年少ながら、一番変わっていたのは山本三郎でした。
「あいつが来るわ。一番あぶないやつ」
「お父はんが、あいつにだけは目ぇ合わせたらあかん、てうてた」
「ウチとこもやで」
「けど、あいつ偉い人なんやろ」
「こっちに来るわ。キモいわ!」

 山本三郎は、選挙カーから上半身を出し、片手にマイクを持ち手を振っています。スピーカーの音量は最大になっています。
「みな様の山本三郎、山本三郎です」
 選挙カーの後ろには後援会のおば様たちの車列が続いています。

「あいつここら辺で選挙に出るんか?」
「知らん。桃子ちゃんとこ行くんとちゃう?」
「あんなやつが毎日家の近所をうろついたら、桃子ちゃんもお爺さんも迷惑やな」
「手ぇ振ったれ、アホやから喜ぶぞ」
 学童たちは背伸びして、大仰に両手を振ります。「清き一票入れたよー」とか叫んでるガキんちょもいました。

「ありがとうございます。日本は今のままではいけないと思います。だからいまのままではいけないのです。我が国の日本の将来と未来を担うかけがえのない、かけがえのない小学生の学童の皆さまの熱い熱烈なご声援をいただきました。ありがとうございます」と、彼は喜んでいました。
「なに言うてるか、さっぱりわからんわ」

「わたくし山本三郎は、蛸薬師小路桃子様と結婚して、夫婦になるのです。彼女が妻、わたくしが夫になるのです。これから桃子様の元へまいりまして、心から誠心誠意、いずれ夫婦になる方、妻になる方に求婚して、結婚を求めてまいります。みな様。ご期待ください」
「うるさいわ! 静かにしろ! バカ息子!」

「ただ今、女の子も小学生、学童の皆さまから、熱い燃えるような励ましの声をいただきました。ありがとうございます。わたくし山本三郎は……」「やっぱりアホなんやな」
「そやそや。思た以上やな」
「けど、うちのお爺ちゃんが、あいつアメリカの賢い大学でてる言うてはったけどな」
「うちら、まだ小学校行ってるけどあいつより賢いんとちゃうか」

 こまっしゃくれた地元小学生たちの会話でしたが。真実の一部を突いているのかもしえませんね。

 一部に地元のくそガキの元気なちびっ子の証言も交えて、桃子に求婚した五人の様子を述べてみました。

 桃子にとってはとんだ迷惑ですが、近頃の桃子はお婆さんから半ば軟禁状態にされ、お屋敷の奥深くで外界から遮断された深窓の美少女状態になっていましたから、五人の求婚者のこと、とりわけ山本三郎が選挙演説カーでボリューム一杯にあげて桃子に求婚していることも知る由もありませんでした。

 しかし、これが双方にとって幸いだったのです。
 もしも激情家の桃子の耳に五人のことが入ったら、特に山本三郎の言動を知ったらどうなるか容易に想像できるはずです。
 チェーンソーを持ち出す時間なんか惜しんで、邸宅に住み込んでいるメキシコ麻薬カルテル「ロス・セタス」戦闘部隊の生き残りの中で一番危ない奴、サンチョに命じてアンチ・マテリアル・ライフルで狙撃させて、12.5㎜弾で頭蓋骨なんか三メートルの高さから落とした熟れたスイカのようにしていたはずです。

  (つづきますよ)

対物ライフル M82

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88M82

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