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風を切る

↑この写真を撮った30分程あとに、7歳息子は約2.6キロを駆ける。


息子は、好きなことには一直線に取り組むが、興味のないことの繰り返しはむずかしい。
幼稚園も登園渋りがあり、1年生は週に2~3日の登校、2年生になって頻度は減り、6月初旬から欠席が続く。

コンスタントに休むとはいえ、1年生の2学期には友達もできた。登校する日はそれなりに前向きに行き、帰りは友達と約束をしてルンルンで帰ってくるという、嬉しい時期もあった。

しかし、本人もまわりの友達も成長するし、変化する。本人のコンディションだけでなく、友達のリアクションも登校のモチベーションに加わるようになった。
「なんで学校に来ないの?」「なんで学校休んでるのに、遊ぶの?」
素朴な疑問に、私もサラッと答える言葉が見つからなかった。

そんな我が家に、6月半ば、遠方から母が手助けに来てくれ、8日間滞在した。
写真の紫陽花が咲く公園に、母と息子と三人で行ったのは、母が来て7日目のこと。気分転換に公園でも行こうと出掛けた。着いたのは、午前10時半頃。散歩する人や公園の手入れをする人など、人出は疎らだ。

紫陽花を写真に納めたり、去年のドングリを拾ったりしながら、公園の道を三人で歩いた。
紫陽花はピークの時期で、公園のあちこちが水彩絵の具で色づけされたようだった。
色とりどりの紫陽花を前に、目を丸くして花を見る息子。あーちゃん(おばあちゃん)に携帯を借りて、写真をパシャリと撮る。
公園のローラー式の長い滑り台を、何度か滑り終え、そろそろ帰ろうかと車に向かう途中、息子は座り込んだ。

座り込んだのは、自動販売機の前。ペットボトルのジュースが飲みたいと言う。
前の日も出先でジュースを飲んだ。連日はやめておきたい。「昨日も飲んだから今日はやめておこう」と話すが、息子は座り込んだまま。
こういう時、どう対応するのがいいのか。

しばらく押し問答したのち、母は「あーちゃんは、車に戻るで~」と歩きだす。
私も「行こか~」と母に続く。10メートル程進んで振り返ると、まだ座っている。
もう少し進んで、もう一度振り返ると、車とは反対方向に走る息子の姿を確認。背中に向かって「車に戻ってるよ!」と呼び掛ける。

車は息子が座り込んだ場所から直線で80メートル程。座り込んだ場所と駐車場の間に公園の事務所があるので、どちらからも見えない。
先に車に向かった母に、「来ないなぁ」と話し、息子の様子を見に、来た道を戻る。
その間5分くらいだろうか。自動販売機のあたりには姿は見えず、母は「公園をぐるっと見てくるわ」と言う。

車に戻ってきた息子とすれ違いになるといけないと、私は車付近をウロウロ。車の辺りを何度も振り返りながら、自動販売機の前まで行く。


公園は広い。野球グランド、テニスコート、キャンプゾーンなどがあり、散歩コースから山の中へも入っていける。
ここから息子を探すとなると、気が遠くなりそうだ。
公園で仕事をされている男性に小学生の男の子を見かけなかったかきいてみるが、心当たりがないという。
公園を一回りしてきたあーちゃんと合流し、どこかに隠れているかもしれないと、滑り台やトイレの中に向かっても声をかけるが、なんの反応もない。

車と反対方向に走る後ろ姿を思いだし、追いかければ良かったと思う。

公園内に迷子のお知らせのような放送はできるのか、公園の事務所できいてみようか・・考えを廻らす側を通りかかった60代くらいの女性に、思わず声をかける。

「小学生の男の子を見かけませんでしたか?」

不意打ちで、一瞬驚いたようにこちらを見た女性は、「ああ…」と口を開く。
「公園の前の道で男の子…一人だし、おかしいなぁと思って…男の子の後ろにお爺さんが歩いてたけど、関係あるのかなぁと…」

前の道…一人で公園を出たってこと?どこに向かって?家?歩くのには遠くない?いろんな疑問が頭を駆け巡り、「帽子かぶってましたか」とか「これくらいの?(身長)」とか、慌てていくつか質問したあとお礼を言う。
息子が駐車場に戻ってきた時のため、あーちゃんに公園に残ってもらい、車で自宅に向かうことにする。


ハンドルを左にきり公園を出る。女性が見かけた男の子が息子かもしれない、と期待が膨らむ。
一人で家に向かっているなら、道を横切る時は車に気をつけているだろうか。気温はさほど高くないが、熱中症も気になる。
いくら車で何度も通ったとこがある道とはいえ、歩いて公園に行ったのは2年ほど前の一度きりだ。自宅までは何ルートかあって、どの道を選んだのだろう。
右と左の歩道、街路樹や植え込みの影に息子の姿がないか注意して車を進める。


しかし自宅付近にきても、息子の姿は見当たらなかった。見落としたのだろうか。息子の後ろ姿がよみがえり、不安が沸き上がる。


その時、助手席に置いた携帯のバイブがブーブーと音をたてた。見ると母からだ。
車を道の脇に停車。母が話し出す前に「(息子が)どこにもいないねん」と、言葉が口をついて出た。

母は静かな声で、
「○君から電話かかってきたわ。家から私の携帯に」と話す。
私は、「とにかく家に帰るわ」とだけ母に伝え、自宅に戻る。

車を自宅の駐車スペースに止め、玄関の扉を引っ張り開けると、階段をタタッと駆け上がる音がする。私は息子の名前を呼ぶ。
すぐさま、走って階段を降りてきた息子は、真面目な顔をしている。ちょっと口を窄めチラリとこちらを見て、私の前を通りすぎ、カーテンにくるまった。かける言葉に迷い、息子を目で追う。

「よかったわ、なんにもなくて」私は顔のストレッチをしたみたいに筋肉が大きく動き、涙がこぼれた。こぼれたというよりは、滲み出た。
息子はカーテンの中から、そっとこちらを覗き、また、ひっこむ。
すぐにもう一度顔を出し、私の顔を見て、ニッとして、またひっこむ。
「遠い所に行くときは、声をかけてほしい、心配した」に、はじまり、「どこ通ってきたん、なんで帰ったん」と次々言葉がでる。

「いつものみち」と答える息子の顔は、赤く火照り、汗が額に滲んでいる。全身汗だくだ。
風を切り、走る姿を思い浮かべ、目の前の顔に目を落とす。思いっきり遊んだ後のような、こんな息子の顔は久しぶりに見た。

息子の話を整理すると、息子は、私と母が向かった駐車場に戻ることはなく、公園に潜んでいたわけでもなく、駐車場とは反対方向に走り、その足で2.6キロ先の自宅に向かったようだ。
家に帰るまでの道のりを、 日陰は木から蛇が落ちてくるかもしれないから怖くて走り、日向は安心だからと歩いたと言う。
途中、私や母に何も言わずに帰ってきたことが気になりはじめ、家に着いて電話をしたらしい。

粗方話をきき、母が公園にいることを思い出す。車で引き返すと、母は公園の前の道を家に向かって歩いていた。
車の中、母がしみじみと「○君は想定外やわ。私らの思てる答えじゃないんやわ・・」と呟く。

家に着くと時計は13時に迫っていた。
お昼ごはんをつくらなくてはと思うが、体が重く、床に座る。
その傍ら「サラダつくるね~」と、息子がしゃきしゃきと冷蔵庫からレタスを出し、ちぎる。トマトも切っているようだ。
焼き飯は母が作ってくれ、ほんとうにありがたかった。

学校に行っていた娘が、この出来事について詳しく知ったのは翌日の寝る前である。
布団に入り、あーちゃんと公園に行った時にどんなことがあったのかを話す。

息子を捜している途中、公園の森に向かい、母が「あーちゃん、ジュース飲もうかなぁ~」と話しかけたところと、息子と家で対面した時の私の顔を「ジャージャー」と弟が顔マネしたところで、お姉ちゃんは、グァハハと笑った。


追記
先週木曜日に、久しぶりに息子は学校の門をくぐった。個人懇談があり、お姉ちゃんとお父さんと4人で息子の教室まで行ったのだ。

配布されたプリントは机の中、学校に置かれた息子のオクラは木の枝のように硬くなっていた。
配布物は一週間に一度くらい、お姉ちゃんか私が持ち帰る方向でお願いした。

帰りに、担任の先生が、図工の時間に作ったペットボトルの虫かごを息子に渡してくれた。

息子は、生き物に興味がある。友達と遊びたい。
学校に行きたくない。

昨日は学校で貰ったペットボトルの虫かごを提げ、フリースクールに向かった。


この先、なにか道筋がみえているわけではない。
息子なりの、我が家なりの、学校との関わり方、学び方を考えていく。



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