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生き方の生き方|エッセイ

 みなさま、明けましておめでとうございます。 
 今年もよろしくお願いいたします。


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 昨年、2021年は本当に色々なことが進んだ年だった。あっという間に過ぎ去って、気づいたら2022年。どこがどうとは明確に言えないけれど、私も色々変わった。
 例えば、化粧の仕方、化粧品の選び方。例えば、服の選び方、その着方。例えば、日々の過ごし方、人との関わり方。

 そして迎えた新年。2年ぶりに口にする「明けましておめでとうございます」。2年半ぶりにくぐる鳥居と、引くおみくじ。結果は末吉で、総括して言うと誠実に待てとのことだった。

 心当たりはある……なあ、と思ってしまった。28歳を迎えて、結婚出産に焦りが出てきている。何度かそれをぶつけてしまって、苦笑されながら流されたこともある。
 なんなら大晦日、「ちゃんと考えてるから安心して待ってて」と言ってもらって「待ってる」と言って眠りに就いたにも関わらず、別に会っている女の子がいてその子と一緒にいたいから、という理由で振られる夢を見た。まさかの初夢がそれ。そして1月3日の朝方には、家にいたくないから風俗通ってたって言われてショック受けて泣いて妥協策を色々提示したのに流された挙句別れたい? って訊いたら肯定されるという現実にありそうなシチュエーションの夢を見た。なんだこの悪夢続きの三箇日。しかもどっちも明晰夢というか、夢見てるのわかってるし現実と地続きな感じやったんよね。やーな年明けだなあと思うけど、これが待てって言われてるってことなのかなあとも思う。

 新年早々に向こうの実家にお邪魔して、シチュエーションがあまりにも元彼宅に訪問したときと同じだったので動揺した。姉の存在、その姉の娘ふたり、姉が持参してくださったケーキ……。当たり前だけど、全部違う。見定められているのがこわかった。ちゃんとできない自分が情けなかった。ひどく、ひどくつかれてしまった。
 それは彼のせいでも、彼の家族のせいでもなく、気負い過ぎた自分のせい。結婚って本当に私のわがままだけで完結できることじゃない。彼とふたりのことでもない。もっと背景を背負っていくことなんだって、そう感じてつかれてしまった。
 これもきっと、待てってこと。

 帰宅して、彼とだらだらする。彼はゲーム、私はパソコンと向き合って。揃えていなくていい。放置していてもきっと大丈夫。
 そういう生き方を、うまく生きたい。


 28歳で迎える2022年。私はいつの間にか大人になっていて、それでもまだまだ幼くて至らない。永遠に未完成の私は、きっと日々どこか変化を続けるんだろう。
 何時間待ち合わせに遅刻されても怒らないでいれる私は、『待つ』ことが得意だと思っていた。けれど2021年やっと、1in1outの精神で、欲しいものがあるときは似た用途で使うものがなくなるのを『待つ』ことができるようになった。まだまだ『待つ』べきものはたくさんあった。
 『待つ』がちゃんとできるようになること。それが私の、今年の目標。

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