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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2020年11月の記事一覧

やさしい人 #やさしさにふれて

 やさしい人ね、とよく言われるけど、僕はその度に困って曖昧に笑うんだ。だって僕は、全然やさしくない人間だから。 ***  小学生の頃、まあありがちだけど、僕はいじめられていた。痩せてメガネをかけていたから、っていうのがきっかけだったんだと思う。中学生になっても、一部でそれは続いた。だってほとんど同じ小学校から来てたんだもの。だから僕は息を殺して生きていた。  変わったのは高校生になったときだ。だれも僕を知らない環境に行きたかったから、同じ中学から志願者がいない高校に出願

袖摺れの君 #旅する日本語

「結婚、しようかな」  君が突然言うから、私はとても驚いた。   君と私は、もう15年近く傍にいる。一緒に寝たことはない。それでも私たちはお互いのものだった。 「お前の存在をいやがる彼女なんていらない」  冷たくそう言った君を思い出す。私はいつでも君の中の1番の女で、これからもそうだと思っていた。  袖摺れ、と言えるほどの距離が私たちには当然のようなのに。  それでも私たちは決して重ならない。だからこうなんだろう。  この距離を、新妻になる彼女はどう思うのだろう。 「旅

過去からの声 ~ショートショート~

「――――くんが、昨日の夜、亡くなりました」  珍しく定時に出社してきた飯島部長の言葉に、フロアが一瞬しんと静まり、それから大きくざわめいた。飯島部長は沈痛な面持ちで一同を見回している。 「本日18時から通夜で、明日が葬儀だそうです。こちらからは、遠藤社長とわたし、直属の上司にあたる丸井くんが列席します」  他にも希望者がいれば名乗り出るように、と言葉は続いたが、ぼくはそんなの聞いちゃいなかった。社長がわざわざ、役職もついていない一般社員の葬儀に参列するか?  ぼくと同じ疑

食べる穴 ~ショートショート~

 彼は孤独だった。  ずっと隣にいた人がいなくなって、ひとりになった。  その人は、彼のもとを離れたわけではなかった。彼がその人のもとを離れたのだった。  なのに彼は孤独だった。  最初、彼はひとりではなかった。  彼のもとを訪(おとな)いたいと声をあげる人も多かった。  でも違った。だれもその人のようではなかった。彼は首をひねって不思議がった。  どうしてだれも、ちがうのだろう。    朝がきて、夜がきて、また朝がきた。何度も何度もそれが繰り返された。  ある日、そ

座敷童の居場所 ~ショートショート~

 おばあちゃんの家は、ぼくの家から車で3時間くらいかかる田舎にある。周りは田んぼと畑ばっかりだし、夜はずっと蛙と虫の声がうるさい。近くに公園なんてないし、ゲームセンターなんてものもない。ないない尽くしだけど、ぼくはおばあちゃんの家が好きだった。  従兄弟たちと鬼ごっこやかくれんぼができるほど広い家は、どこの部屋でも畳と木の匂いがする。ぼくの家では絶対しない匂いだ。  その中のひとつの部屋で、ぼくはその子にであった。  従兄弟たちが来るのは明日で、ぼくはひとり家を探検してい