見出し画像

#32 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。




 浩介が寝てしまって、しばらく台所で麦茶を飲みながら考えていた。冷静に考えて、俺が浩介に「皿を洗え」と言ったことは、明らかに理不尽だ。今まで、浩介が皿を洗わずに報知して朝を迎えたことなど、今まで一度もなかった。いつも、キチンと自分の役割を全うしていた。

 すべては、俺の怠けた性格のせいだ。友達もいない、部活も辞めた、テストで点数が取れない。やはり、俺は、母さんと同じ、「ナマケモノ」なのかもしれない。つまらないことでイライラして、弟に八つ当たりして、年下相手に暴力に訴えて。情けない。

 台所の引き出しの取っ手に、母さんが飲んでいた薬がぶら下がっていた。安っぽいビニール袋の中に、パンパンに白い紙袋が詰まっている。その中の一つをつまみあげ、中身を見てみる。白やベージュの錠剤が5個くらい入った包装が、蛇腹のようにつながっていて、「7月8日」「就寝前」など、細かく飲むタイミングが書かれている。これ、昨日の分じゃん。飲んでないのかよ。

 試しに、袋を開けてみた。風邪をひいた時に飲んだことのある錠剤と、大差ない。軽くて、床に落としたら見失いそうになるような、小さな粒。母さんは、これを飲んで、楽になっているのだろうか?俺も、少しは楽になれるのだろうか?

 コップに蛇口の水を入れた。薬が散らばらないように、そおっと封を開けた。ふと、背後を確認した。浩介は、起きてこない。掌に収まっている5つの錠剤を、口に放り込み、静かに水を飲んだ。水が喉から胃の方に流れていく感覚が鮮明だった。今日も、ろくに食事をしていないことを思いだした。

 薬というものは、飲んだらすぐに何かが起きるという事ではないと知っていた。でも、なんだかすっきりした気がした。明日から頑張れるかな。というより、浩介に謝らないといけないな。

 開いた薬の包装を、ゴミ箱の一番奥の方にねじ込んだ。少し汚れた手を、流しで洗った。急に眠気がきた。そして、母さんがいつも使っている座椅子を枕替わりにして、リビングで横になった。時計は、とっくに日付を跨いでいた。



↑ 前話

↓ 次話


この物語は、著者の半生を脚色したものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?