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#42 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。



 実はもう、未来に希望が持てていなかった。浩介が生きていくために自分がいる、程度の感覚だった。好きだった音楽はめっきり聴かなくなったし、中学時代にトップクラスだった勉強も、周囲のレベルに追い付かなくなっていた。適当に高卒で働ける高校に、転校でも編入でもしたいなと思っていた。

 毎日、何のために勉強しているのかわからず、ただただ言われたことをこなす毎日。難しい問題が解けても何の感情も起きない。「よし、終わった。」と思うだけ。昔は、難しい問題を解けたら嬉しかったのに。


 そんなある日、母さんから電話で呼び出されて、病院に面会しに行くことになった。

 二重扉を抜けてすぐ左側の面会室に入ると、母さんの横に、見慣れない男性と女性が座っていた。

 「篠原」という名札を下げた恰幅の良い男性は、スーツを着ていて、額に汗を浮かばせている。それに「松ヶ枝」と言う名札を下げたその辺のOLさんのような若い女性。精神病棟の中にいるには、違和感があった。

 看護師さんに、「もうしばらくお待ちください。」と言われ、面接室に座らされた。看護師さんは面接室を後にする。母さんは、いつも通りに元気がなかったが、今日はいつもと雰囲気が違うように感じた。元々体の大きくない母さんだったが、大柄な男性の横に座っているせいか、とても小さく見える。俯いていて、俺と目を合わせようともしない。動かない。

 「こんにちは。洋介君、だったね?」

 「はい。」

 「僕はね、○○県の児童相談所っていうところで働いている、篠原といいます。こちらは、同じ児童相談所で働いている、松ヶ枝さん。」

 「こんにちは、松ヶ枝です。」

 「こんにちは。」

 「実はね、今日は大切な話があって、面会に同席してもらったんだ。お母さんには事前に話していたんだけど、聞いてたかな?」

 「いえ、何も…。」

 「そうか。それなら、知らない人がいて、驚いたでしょ?」

 「いえ、大丈夫です。驚きましたけど、優しそうな二人だったので。」

 「そうかそうか。洋介君は、優しいんだね。でも、そんなに気を遣わなくてもいいからね。」

 「はあ。」

 「僕はね、○○県の児童相談所の養育支援担当係ってところの係長なんだ。で、地区の担当が松ヶ枝さん。担当は松ヶ枝さんだからね。」

 「担当って、何の担当何ですか?」

 「君たち家族の支援をする、役所の担当の人、って思ってくれたらいいかな。」

 「役所…。」

 「いまいち、ピンと来ないよね。」

 そこで、面会室のドアがコンコンと鳴った。扉が開くと、そこには浩介がいた。後ろには、見たことのある中学校の先生もいた。

 「浩介、なんでここにいるの?」

 「母さんが来てくれって言ってたって、前田先生が言ってて、車で一緒に来ただけだよ。兄ちゃんこそ、なんでここにいるの?」

 「俺は、普通に母さんに呼ばれてきただけだけど…。」

 続いて、精神科のお医者さんが入ってきた。


 「では、揃いましたので、山元伸子さんに関するケースカンファを始めさせていただきますね。」

 お医者さんは、飄々とした表情のまま、一番奥の高級そうなソファーに腰かけた。







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この物語は、著者の半生を脚色したものです。



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