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#35 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。




 あくる日から、いつも通りに学校に向かった。宿題は何一つ終わっていないけれど、体調不良で休んだことを知っていたらしく、先生たちから叱られることはなかった。

 いつも通りに過ごし、帰ろうとしたときに、廊下で、担任に呼び止められた。

 「山元、ちょっと、いいか。」

 「なんですか?」

  担任は、学校内では有名な「怖い先生」だった。生徒の態度に関わらず、「課題をやらないヤツは、努力が足りない。」と、指名した生徒が解答を出せるまで指名し続け、授業中に泣いてしまう子もしょっちゅういた。泣いても何をしても許されない。「答えを出す」こと以外に許される方法はなかった。俺は数学が得意だったから、その標的になることはなかったが、やはり近寄り難い人で、苦手な存在だった。

 俺、何かしたかな?

 担任は俺を、教室から少し離れた空き教室に連れて行った。恐ろしい拷問が始まるのではないかと思えるほどのプレッシャーだった。

 「お前、飯はちゃんと食べているか?」

 「は?は、はい。ちゃんと食べてます。」

 「夜は眠れているか?」

 「はい。」

 「一日、何時間くらい、寝れてるのか?」

 「あ、あの、家事とかなんとかして、その後課題したりしてますけど、ちゃんと寝られてます。」

 「いつも、何時に寝てる?」

 「えっと、12時くらいには寝てます。たまに1時くらいになるときもありますけど。」

 「起きるのは何時だ?」

 「ご、5時くらいです。」

 「一日、4,5時間か。もうちょっと寝た方がいいぞ。俺も、忙しいけど、6時間くらいは寝てる。それくらいは寝ないと、体が持たないぞ。」

 「は、はい。すみません。」

 「何か、困っていることはないか?」

 唐突に聞かれて、困った。たぶん、この前急に休んだから、「なぜ休んだか」を突き止めたいのかもしれない。怖くて、顔も見られない。うつ向きながら、質問に答えた。

 「いや、困ってません。この前は、急に休んですみません。ただ、体調が悪かっただけなので。」

 「お前、自分で電話してきたろ。なんで親が連絡してこないんだ。」

 「母は、早くに仕事にでていたので。自分で電話するように言われただけです。」

 「そうか。それならしょうがないか。」

 恐る恐る、担任の表情を伺う。担任は、いつもの怖い表情をしていたが、それよりも、困っている様子が窺えた。もしかしたら、本気で心配してくれているのかもしれない。

 「お前はな、クラスの中でも、特に悪いこともしていないし、課題もきちんとしてくる。難しい問題も、一生懸命解いてくる。それは、評価している。だけどな、部活、辞めただろ?最近成績も下がってきているし、この前急に休んだから、何か家とか学校とかで困っていることでもあるのかな、と思ってな。」

 「いや、何もありません。大丈夫です。」

 「そうか…。なら、しょうがない。とりあえず、ちゃんと寝て、食べるんだぞ。」

 「はい。すみません。」

 そう言って、俺はそそくさと教室を後にした。

 担任に、部活や成績のことで、怪しまれてしまった。でも、家族のことは言えない。言っちゃいけない。これは、俺が乗り越えないといけないことだ。ばれないように、ちゃんとしなきゃ。

 自分が放った嘘が、自分を苦しめる。真綿でじわじわと首を絞めつけられている感覚。でも、それを決めたのは、自分。責任を取るのも自分。この痛みは、自分の責任。俺が悪いんだ。

 振り返り、巨大なK高の校舎を見つめる。ここには、自分の将来がかかっている。ここで評価されなければ、未来はない。テストで点を取る。きちんと授業を受ける。生活をきちんと成り立たせる。俺に課せられた試練は、これだけだ。なんてことはない。やり切るだけだ。例え、嘘をついてでも。

 その日、少し時間があったから、寄り道をした。

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この物語は、著者の半生を脚色したものです。

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