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#21 遠い星で、また会おう。

※この作品は、フィクションです。




第四章 嘘が嘘を呼ぶ


 俺は、K高に進学して、驚愕した。今まで学校のトップクラスだった俺が、平均点の場所にいる。テストもとても難しかった。授業の進度も早く、宿題の量もどっと増えた。俺は、「授業を聞いて、宿題しておけば、高得点が取れる。」と信じていたから、そうしたけれど、そもそも宿題の量が多すぎる。教科書のこのページ全部和訳してこいって、リーディングの先生、鬼だ。

 当然のようにソフトテニス部に入った。しかし、ここでも、レベルの差を見せつけられた。そこには、中学時代、何度もトーナメントのシードに名前を連ねていたメンバーが横に並んでいた。俺は、中学時代と違い、最下位からスタートした。当然ながら、サーブレシーブの正確さ、ストロークの威力、守備範囲の広さ。どれをとっても、一級品で、駆け引き以前のレベルの違いをまざまざと見せつけられた。それでも、一生懸命部活ができる楽しみに変わりはなかった。

 しかし、俺には「言えない事情」がある。だから、部活のあと、すぐに家に帰らなければならない。友達は、「部活のあと、一緒にジョイフルで勉強しようぜ。」「いいね!課題、教えてよ!」と楽しそうに話をしている。俺は、「ごめん、うちには門限あって、帰らないといけないんだよね。」と言って、いつも誘いを断った。「大変だね。」と言って、みんなはスルーして、俺以外の同級生みんなは、一緒に反対方向に歩いていく。家に門限などない。あるのは、家事と宿題だけだ。

 母さんは、この頃にはとっくに家事をしなくなっていた。家に帰れば、キッチンの換気扇の下でタバコを吸っているだけ。たまにビールを飲んでいる。いつしか、ご飯を炊くのは浩介の仕事で、それ以外を俺がやっていた。
友達と一緒に遊びたい。けれど、俺がいないと、この家族はどうなる?
家に帰り、浩介が「部活お疲れ。」と話しかけてくる。俺は、「ああ。」と言って、洗濯機を回し、食事の準備に取り掛かる。学校の話など、一言もしなくなっていた。

 「兄ちゃん、部活、上手くいってないの?」

 「何?急に。」

 「いや、高校に行ってから、部活の話、しなくなったなーと思って。」

 「楽しいよ。今日も、友達と一緒に練習した。みんな強いんだよね。」

 「まあ、K高、ソフトテニス有名だもんね。」

 「ついていくのがやっと。レギュラーとかほど遠いよ。」

 そんな話をしながら、食事を済ませ、食器を洗い、室内に洗濯を干す。その後、リビングで宿題を広げる。難しい課題に必死に取り掛かる。母さんが一番に寝床に付く。その後、テレビドラマを見終わった浩介が「先に寝るね。」と言って、寝床に付く。

 家族が寝静まった後、なんとかんとか宿題を終える。時計を見ると、もうあと5分で日付を跨ぐ時間だ。俺は静かに部屋に戻り、寝床に付く。

 朝は、5時ごろ起きる。洗濯物を外に出し、朝ごはんの目玉焼きを焼く。みそ汁はインスタント。それと、自分の弁当を準備する。冷凍食品を詰めただけの、簡素な食事だ。その後、掃除機をかけると、浩介が目をこすりながら起きてくる。

 「兄ちゃん、寝てる?」

 「ちゃんと寝てるよ。」

 「昨日何時に寝た?」

 「11時には寝たよ。」

 「そうなんだ。ならいいけど。顔色悪いよ?」

 「熱はないから、大丈夫。それより、中学、朝練あるんだろ?さっさと準備しなよ。」

 「そうする。」

 母さんは、俺らが家を出た後に起きてくる。だから、作った朝食にラップをかけてテーブルに並べる。6時半。バスの時間が迫っている。俺は、カバンとラケットバックを抱えて家を出る。

 バス停まで歩いて20分。そこから、小一時間バスに揺られる。いつも座れない。この時間は、英単語の小テストに備えて、単語帳を開く。バスに揺られながら、単語帳に目を通すが、眠気が勝ってしまう。つり革だけを離さないように注意しながら、少し目を閉じる。休まらない。

 学校では、いたって普通に振る舞う。どんどん進む授業に食らいつく。隣で寝ている友達を、先生が注意する。俺は、とにかく寝ないことだけを意識して、顔をあげる。昼食の時間、クラスの友達と一緒に食事をしていたが、それ以上に眠たかったから、弁当をかきこんで、机で寝る。授業のチャイムに気づかず、先生に起こされて、午後。その後、部活に向かう。練習で声をあげ、球を拾い、順番にコートに入る。みんな、上手い。そして帰りのバスで、友達の誘いを断り、帰宅する。エンドレス。

 「山元、お前、何か疲れてない?」

 「いや、別に。」

 「なんか、目つきわるいぞ。」

 「もともとこういう感じだし。いちいち、うるさいわ。」

 友達にこういう態度を取ってでも、俺は授業と睡眠を優先した。友達は、どんどん俺から離れていく。いつしか、教室でも部活でも、友達と話をすることがなくなっていた。

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この物語は、著者の半生を脚色したものです。


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