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ヘヴィメタルアーム&コーク【第1話】

改造人間・花菱ハナビシガンマにとっては、難しくない任務のハズだった。
これまでに5度、危なげなくこなしてきた。
ビルに侵入し、地下に設置された人工知能【ソロモン】のサーバーを破壊、逃げるだけ。
ところが今回は、目標のサーバー手前で百を超える数の重金属警備員ヘヴィメタルガードに囲まれ、消耗戦を強いられた。
脱出を阻むことに徹するその動き。
ガンマの弱点、エネルギー消費量の問題は人工知能に学習されていたのだろう。
次から次へと敵が補充されていく。
絶えることなく押し寄せる重金属警備員ヘヴィメタルガードの包囲。
突破するのに数時間を要した。
ソロモンのサーバーには触れることもできず、任務失敗。
逃げ出すのがやっとだった。

《エネルギー残量低下。非常電源に切り替え、活動可能時間、残り5時間》
ガンマの脳内にこのアラートが響いてから、すでに1時間が経過した。
現在の活動可能時間はたったの4時間。

(いますぐコークが必要だ。エネルギーを補充しなければ)
ガンマは手刀で自動販売機を両断した。
缶が雪崩れ、ぶつかり合い、音を立て、通りの路上に散らばる。

(コークはどこだ?)
こうしている間にも、追っ手の重金属警備員ヘヴィメタルガードに見つかるかもしれない。
モタモタしてはいられない。
ガンマは転がった缶に目を走らせる。
暗視ゴーグル越しの視界にコークを探す。
だが、エナジードリンク、エナジードリンク、エナジードリンク……。
あるのは重金属人造人間ヘヴィメタル向けエナジードリンクばかり。
(金属街の自販機に期待した俺が馬鹿だった)
コークは見当たらない。
というより、生身の人間向けの飲み物が無い。
当然か。

◆◆◆

金属街。
かつてのテック・金融企業群のオフィス街。
電化製品の反乱以来、人間ではなく人工知能が運営する。
今では誰一人出社しない立派なハコモノが並ぶ。
重金属人造人間ヘヴィメタルだけが保守管理メンテナンスと警備のためにうろつく。
街の形を流用し、人工知能を防衛する。
人類を管理する人工知能ソロモンの、36あるサーバーのひとつが中央部地下に設置されている。

◆◆◆

吹きすさぶ夜のビル風。
体温が下がらぬように、遮温テックウェアの袖と裾を絞り直す。
金属と生身の継ぎ目に冷たさを感じる。
この近辺でコークを手に入れることはできそうにない。
エネルギーは補充されないまま、刻一刻と減り続ける。
追っ手に見つかる可能性もある。
ガンマはその場を離れ、路地裏に入った。

数ブロック移動し、物陰で座標を確認する。
現在地は、金属街の中心部だった。
最も近いスーパーマーケットまでは……
(およそ100km。金属街の外、人間保護区か。遠いな……。たどり着くまでエネルギーがもつだろうか……。たどり着いたところで、もしコークがなければ……)
機能停止。

死。

嫌な考えが膨らんでいく。
ガンマは頭を振って、想像を頭から追いやる。
非常電源での活動可能時間は残り4時間を切っている。
この残り時間は、改造された体の特殊機能を使わない場合の話だ。
メタルアームの変形機構を使用すれば、凄まじい勢いでエネルギーを消費してしまう。
(追っ手に遭遇するわけにはいかない。もしも、重金属警備員に遭遇すれば……)
変形機構の使用は避けられない。
一体ならば大したことはないが、先程のように包囲される事態になれば、エネルギーが減り続けてゲームセットだ。
慎重に動かなければならない。

(物陰から出て移動しよう。素早く、音をたてず……)
そう考えて行動に移ろうとした、まさにその時――
翅音はおと
亜音速飛行型重金属警備員ヘヴィメタルガード翅音はおと
トンボのような形状のはねを持つ、体長2m強の重金属人造人間が、ガンマの半径30メートル圏内にいることを意味していた。
ガンマは全神経を周囲に張り巡らせる。
息を殺し、暗視ゴーグル越しに敵の姿を探す。
見当たらない。
だが、翅音は大きくなる。
(近づいてきている…!!)
もしも発見されたならば、次から次へと群がってくるだろう。
エネルギー残量は多くない。
遊んでいる余裕は無い。
一撃で撃墜し、迅速にこの場を離れなければならない。

遮温テックウェアの右袖をたくし上げる。
ガンマの右腕、鈍色にびいろに光るメタルアームが姿を現す。
(変形機構、起動、変形、右腕、流体手刀)
特殊な電気信号で金属のボディに指示を送る。
右腕に変化が現れる。
指の形をしていた部分が捻じれ、一体化し、鋭く尖る。
手刀が、文字通り刀の如き形状に変形する。
速く、音も立てず、なめらかに。
まるで最初からその形だったかのように、鮮やかに光を跳ね返す。
(さらに変形、両足、弾性強化)
ふくらはぎが、一回り大きく膨れ上がる。
たわんだ遮温テックウェア越しにも、その変形を感じ取れる。

右腕、流体手刀。
長さは人間の腕と変わらない。
だが、射程の短さと引き換えに、一撃必殺の出力を備えている。
両足、弾性強化。
停止状態からの、爆発的な加速が可能。
チーターのごとき瞬発力を実現する。
いずれも強力だが、変形させた状態では――

(エネルギー消費が激しい。早いところ片を付けてやる)

ガンマは物陰を出た。
翅音の方向に視線を向ける。
裏路地の入り口の方向。
翅音が近づいてくる。
(視界に捕らえた瞬間に顔面をブチ抜く)
足元を確かめ、跳躍の準備体勢をとる。
弾性強化した両足に力を込める。
右手の流体手刀を構える。

裏路地の入り口、2階の高さ、上方5メートル。
ヒト型のシルエットが出現した。
亜音速飛行型重金属警備員ヘヴィメタルガード
それが地上を探すような姿勢で浮遊していた。
視認した瞬間、ガンマは跳んだ。
その衝撃で、足元のコンクリートは爆発したかのように崩壊する。
ガンマの体はは弾丸のごとく一直線に標的に迫る。
重金属警備員ヘヴィメタルガードの頭部を、流体手刀が貫く。
全方位カメラを搭載した顔面部分に風穴が開く。
 
頭部に刺さった手刀はそのまま、脊椎をなぞるように、金属の体を切り開く。
金属同士の摩擦が、鋭い怪音と火花を放つ。
バターを切るかのようにゆっくりと、だが確実に、重金属を切断する。
さらに、胴体部をかき混ぜるように手刀を動かす。
骨盤部、胸郭部、骨格部分を引き裂き、粉々にする。
重金属警備員の全機能が停止。
攻撃から墜落、地面に激突するまで十秒かからず。
重金属の奇妙なオブジェが完成していた。

ガンマは着地と同時に走り出す。
背後には機能停止した重金属警備員の残骸。
すぐに、ここに他の重金属警備員が集まってくる。
屍体に群がる蟻のごとく、ウジャウジャと。
一刻も早く距離を取らなければならない。

弾性強化した両足で、路地裏を疾走する。
脇目も振らずに走り抜ける。
およそ120秒間、時速100km近いスピードで移動し、停止。
ガンマは右腕、両足の変形を解除した。
再び物陰に隠れ、胸を撫で下ろす。
重金属警備員ヘヴィメタルガードに発見されずに、難を逃れることができた。

裏路地を走り、物陰に隠れ……、
(まるでネズミのようだな)
ガンマは苦笑する。
だが、僅かな精神的余裕をもかき消す警告音。
非常電源、残量70%、活動可能時間、残り3時間30分。》
脳内にアラートが反響した。
変形機構を使用した代償である、大幅なエネルギーの消費。
あと97kmほどを3時間半で移動する必要がある。
最寄りのスーパーマーケットでコークを手に入れなければならない。
さもなくば。

(これ、俺、マジで死ぬんじゃないか?)
ガンマに迫るタイムリミット。
急激に死が現実味を帯びてくる。
一度死にかけた、今も命がけの戦いをしている。
人工知能から人類を解放するための戦い。
意義ある命の使い方だ。
覚悟していたつもりだった。
だが、
(エネルギー切れで死ぬ? コークが無いせいで? 戦いの中ではなく?)


(俺はコークが無いせいで死ぬのか?)


ガンマは別の選択肢を思案する。
(いっそのこと、当初の任務にもどるか?)
ソロモンのサーバーを破壊する任務。
重金属警備員の群れの中に突撃する。
この選択肢を採れば、エネルギー補充は間に合わない。
確実に死ぬ。
だが、一矢報いることはできるかもしれない。
(機能停止で終わるなんて間が抜けてる。力の限り暴れてやるか? あとは博士と改造人間仲間たちがなんとかするだろう)
だんだん思考が自暴自棄になっていくのを感じる。
だが止められない。

『無理はしなくていい、自分の命を最優先に行動するんだ』
キカイジマ博士の言葉が脳裏に蘇る。
ガンマに任務を割り当てる度に、博士はこの言葉を口にする。
(博士のせいで死にかけてるんだがな)
自らに改造手術をした博士を呪う。

ガンマは4年前、電化製品の反乱で致命傷を負った。
炊飯器、エアコン、ヒーターの自爆に巻き込まれ、両腕と複数の臓器に損傷を負った。
死んでいたはずだった。
だが、路上に転がる瀕死の状態をキカイジマ博士に発見され、改造手術を施された。
生かしてもらった恩がある。
が、勝手に奇妙な機能をつけられてれてしまった。
よりにもよってコークをエネルギー源として消費する体になってしまった。
博士は何を考えていたのか。
『君はコークが好きだろう?好きそうな顔をしている。だからコークを飲まないと生きられないようにしたんだ』
おどけた白衣の中年女性、キカイジマ博士の笑い声を思い出す。
本気で言っていたのか、ふざけていたのか、判然としない。
首から下の重金属製のボディ。
戦闘能力はすごいが、他はわけがわからない。
コーク以外のものも飲食できるが、その場合、消化・エネルギー変換の効率は最悪。
内臓はどうなっているのか、教えてすらもらえなかった。
(お陰様で大変な事態に陥っているぞ、博士…)
路地裏の物陰、絶望的な状況。
その足元をネズミが通り過ぎる。

――ネズミ?
なぜネズミが?
何を食って生きている?
ガンマは戸惑った。
4年前の電化製品の反乱以降、金属街に人間はいない。
全員、人間保護区に移された。
4年間、ここには廃棄される食料品も生ゴミも存在しない。
そのはずだ。
ネズミがいるのはおかしい。
ネズミはマンホールの縁のひび割れに、潜るようしてに消えた。
マンホールを、暗視ゴーグルを通して見つめる。

戸惑っているところに、再び翅音が聞こえてくる。
(また重金属警備員ヘヴィメタルガードか、キリがない……)
どうせジリ貧、それならば――

ガンマはマンホールの蓋を開けた。
中に入り、蓋を閉じる。

金属街の外へ逃げて補給するか、敵陣に戻り任務を遂行するか。
どちらもうまく行きそうにない中、突如浮かんだ仮説に飛びついた。
電化製品の反乱を逃れた人々がいるのではないか。
地下で人々が暮らしているのならば。
敵の追っ手を逃れ、コークを手に入れられるかもしれない。

第3の選択肢、地下下水道の中に、ガンマは希望を託す。

【第2話に続く】