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青春時代の私が過去になった日の話

私は1人の男性と約8年お付き合いしていたことがある。

あの頃私達はあまりに幼すぎて一般的には「付き合っている」という感じではなかったかもしれない、もしかしたら彼もそんな長く付き合っていたと思っていなかったかも。
それでも、私にとっては初めてお付き合いした人で、紛れもない初恋だった。

そんな彼のnoteを偶然、見つけてしまった。

彼との出会いは小学生の頃。家の事情で引っ越した私が転校した先の小学校で席が隣になった時に、物静かで柔らかな話し方の彼をあっという間に好きになった。なのに私ときたら、ぺちぺち叩いてちょっかいを出すわ、謎の照れ隠しできつい口調で話したりしていた。今から思うと彼を不快な気持ちにさせたこともよくあったと思う。いくら幼かったり、環境の変化でストレスが溜まっていたとはいえ、なんて最低なことをしたんだろうと今でも後悔している。あの頃に戻れるなら昔の自分をボッコボコにしてやりたい。
アホな私と彼が落ち着いて話せる話題は、野球のアニメとゲームだった。アニメに疎い彼とゲームに疎い私。だけど共通して好きなものを見つけてたまにその話をした。あとは、勉強を教えている時がとても楽しかった。普段の態度の贖罪のつもりで一生懸命教えた。私の成績がよかったのは彼のおかげもあったかもしれない。

そんなこんなで片想いが続く中、私はまた引っ越すことになった。今度は彼のいる場所からはとてもとても遠いアメリカ。小学生にとっては永遠の別れにも思えるような距離だった。それもあって、今は堂々と胸を張って大好きな地元!と言えるその土地が私はずっと好きになれなかった。彼と同じ所で10代を過ごしたいと、ずっとずっと願っていた。

彼と会えなくなる事実が寂しくて悲しくて、私は引っ越す1週間前に彼にラブレターを渡した。(我ながら時代を感じるけど、今の小学生はどうやって想いを伝えるんだろう。)彼に無理やりラブレターを届けた次の日から私は、あろうことか「返事を聞きたい」と毎日学校で言っていた…ありえない。黒歴史とはこういうことをいうんだろうか。彼には是非綺麗さっぱり忘れていてほしい。
こんな押しの強い私に、それでも彼はOKの返事をくれた。自分からアプローチしたくせに信じられなくて、その日はずっと心臓が痛くて病気になったかと思った。結局返事をもらって、両思いで同じ学校に通えたのは2日間。それから私の長い長い遠距離恋愛が始まった。

★★

遠距離恋愛中の連絡手段は、年齢が上がっていくのと比例して手紙から携帯のメール、LINE、Skypeと便利さが上がっていった。手紙のやりとりは国際郵便なのもあって全然続かなくて一方的に私が送りまくっていた。親御さんにバレていたんじゃないかな…恥ずかしい思いをさせていたら申し訳なかったな。それ以外は夏休みに私が遊びに行った時に会っていた。でも、彼は中学に入って高校を卒業するまでテストや部活で忙しくて、年に一度会えるかどうかだった。会えない年もあった。
あの頃はひたすら彼から来るメールを何度も読み返したり、妄想の中でデートをしたりしていた。今思い返しても切ない。そんな風に会いたい気持ちを一年かけて熟成させまくっていたから、無事に会える年は大変だった。髪を整えて、少しでもスタイルがよく見える服を新調して、うっすらお化粧して、汗の対策もバッチリして。少しでも可愛いと思われるために必死だった。

私たちのデートはいつも、彼の学校が終わったら学校の最寄り駅から私の滞在先だった祖父母の家までひたすらおしゃべりしながら歩くことだった。改めて調べてみたら距離にして7km、所要時間2時間以上だった。記憶よりも遠くてびっくり。まさに恋は盲目。いつも6月中旬にデートをしていたとはいえ、歩いていると汗はかくし、周りは畑とか田んぼばっかりだし、おしゃれなお店なんでもちろんない。

それでも、彼が隣にいるだけで、投げかけた言葉の返答がタイムラグなしに届くだけで、私は幸せだった。空が、澄んだ青から夜にむけて赤く染まっていく様子を眺めながらとりとめのない話をするだけで、世界で一番幸せな女の子になれた。彼が私の世界の優しさで、希望の象徴だった。あの時の草木の柔らかな香りや、夜を乗せた風の柔らかさは今でもはっきり覚えている。待ち合わせをして会う前は時間が流れるのがとってもゆっくりに感じてもどかしかったのに、会ってしまうと一瞬の出来事で、また来年会うまで364日のカウントダウンが始まる。

ほんとうに、心の底から大好きだった。

★★★

彼が東京の大学に進学すると私達のデートは格段にレベルアップした。おしゃれなカフェでランチを食べたし、買い物をしながら手をつないで歩いた。電車を乗り継いで駅で別れて、次に会えるまではLINEを毎日して隔週でSkypeで顔を見ながら話をした。彼は高校生の時より私を見てくれるようになったし、どんどん垢抜けていった。髪を染めてファッションにも詳しくなって、元々整っていた顔立ちがさらに輝くような容姿になったし、話題の幅も増えた。

なのに、私達はお別れした。別れを切り出したのは私だ。

大学生になった私は、引っ越した先の土地に馴染んで自分の地元と思えるようになっていた。彼のいる所に行きたいと切望することはなくなっていたし、メールを何度も何度も読み返して胸が潰れるような思いで夜を明かすことはなくなっていた。彼のことは好きだけど、その「好き」は恋をしている「好き」ではなく、昔から知っている男の子に対する「親愛」に変わっていたんだと思う。

信頼している。大事な存在。傷付けたくないし、いつも笑顔でいてほしい。幸せでいてほしい。

そう思う気持ちは嘘じゃないのに、彼がそれを叶える時に隣にいるのは私ではないと思ってしまった。私達の進む未来は交わらないだろう、とも。ちょうど彼と私の交友関係の認識に違いについてびっくりしていたことも恐らくトリガーになった。
私が別れを切り出した時も、彼は非常に真摯な態度で話を聞いてくれて、了承してくれた。これからは友達として接したいとまで言ってくれた。あまりの優しい言葉に申し訳なくて胸が痛んだが、自分の言ったことを取り消すことはなく、それからは、年始の挨拶やふとした時に彼がLINEを送って来てくれたことが何度かあって、私からも何か送ろうと思ったけど烏滸がましいのでやめた。その後私にも素敵な出会いがあって今のパートナーに恵まれた。パートナーは彼とは違う素敵な魅力の持ち主で、いつもあったかい優しさで私を包み込んでくれる唯一無二の存在だ。

もう2年以上、彼と連絡を取っていない。

★★★★

数ヶ月前にベッドでゴロゴロしながらnoteを見ていた時、おすすめのnoteを何度か経由して普段自分があまり読まないジャンルの記事までたどり着いた。その中の記事のひとつに、素敵な写真を何枚か載せている人がいたので、その人のホームまで行って他の記事も読ませてもらっていた時、「友達に撮ってもらいました」とある一枚の写真が目に止まった。

そこに写っていたのは彼だった。

びっくりしてスマホを顔に落っことした。あまりの偶然に心臓をバクバクさせながらもう一度写真を見たがやっぱりそこに写っているのは彼で、内心興奮しながら他の記事を読んで、元気でやっている様子に嬉しさを感じていた。そんな時に、彼の書いたある記事に「彼女」という言葉を見つけた。
それを読んだ時の私の感情は、嬉しさと寂しさが見事にミックスされたものだった。彼のそばに信頼できる人がいることの嬉しさと、もう二度と連絡を取ることがなくなった寂しさ。お互い信頼する人がいるから、その人へのリスペクトのためにも連絡は取らない方がいい。理性では100%納得しているけど、私の知っている彼はもうとっくにいなくなっていたことに気づいて少し寂しくなった。なんて自己中な感情だと、自分を恥じた。

きっと私はまだどこかで彼とまた会えると思っていた。恋人同士でなくても、昔なじみの友達としていつか話せる日が来ると心のどこかで思っていた。私の中にこっそり残っていた思春期の私が、10代の全てをかけて好きになった人をただの「思い出」にすることをどこかで拒んでいた。
でも、私達は前を向いて、新しい人間関係を築きながら生きているんだから、ずっと変わらない関係なんてない。彼は彼の居場所を見つけて生きている。私も、大事な人と出会って生きている。

私の中の、彼が世界の中心だった思春期の私は、そのことに気づいた瞬間に過去の思い出に形を変えてやっと私の中に収まった。もう、またいつか会えるかもと期待を抱くことはないだろう。

私と同じ時間を過ごしてくれてありがとう。私に揺るぎない自信と思い出を残してくれてありがとう。貴方のおかげで中高生の時の私は、息の仕方を忘れずに生きていました。

もし彼に届くなら、それだけを伝えたい。

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