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現在の日本酒界への提言

大学の授業で「形式知」について学んだ。日本酒販売のバリューチェーンの各段階がどのように形式知を行っているかを理解することで、私が日本酒ビジネスで感じる違和感が明らかになり、非常に納得した。


なぜ唎酒師が注目されないのか

中国で国際唎酒師のブームが来た際、多くの人が資格を取得したが、私はあまり意味がないように思えて取得しなかった。その理由が今回の授業で明確になった。日本酒には消費者側の活動(コンサンプションチェーン)が形式知化されてないのである。

例えば、アニメの題材を見ればそれがよくわかる。
ワインを題材にした「神の雫」や、カクテル文化を紹介する「バーテンダー 神のグラス」などがあり、これらはそれぞれのお酒の入門教科書のように扱われている。しかし、日本酒がメインテーマとなるアニメはほとんどない。これは、日本酒が消費者側の活動が形式知化されていないことが原因であると考えられる。

日本酒の消費者側の活動の形式知化の欠如

私たちはソムリエやバーテンダーなどの存在を通じて、ワインやカクテルの世界に案内される。しかし、日本酒ではそのような消費者側の活動が形式知化されていないため、限られた銘柄だけが注目されるのではないかと思う。

日本酒には「夏子の酒」というアニメがあるが、これはお酒生産のヒストリーに焦点を当てた作品であり、お酒を知るバイブルにはなっていない。日本酒が完成度の高いお酒だからこそ、消費者側の活動が弱くなり、唎酒師の資格もあまり意味を持たないのが現状である。

最近では、日本酒と料理のペアリングが注目されつつあり、私もその一員として活動している。日本酒を世界に広めるためには、現地の食文化に合わせて紹介することが重要である。
そしてペアリングとは一つの遊び方であり、現場での答え合わせが一番の醍醐味なのだ。しかし、ペアリングの法則がまだ安定していない状態で、メーカーが料理に合わせたお酒を開発し始めた。ボトルに「〇〇に合う酒」と書かれていると、ペアリングの醍醐味がなくなる。なぜなら答えがボトルに書いてあるからである。

日本酒とワインはまるでポケモンカードとトランプ

日本酒とワインは似ているようで全く異なる文化を持っている。例えて言うなら、ポケモンカードとトランプである。

ワインはまるでトランプだ。長い歴史があり、一枚も増減せずに存在している。トランプカードを使ってマジシャンがマジックを見せたり、ディーラーがバカラをしたり、友人が集まって大富豪や七並べをするなど、多様な遊び方がある。トランプカードを知らない人は教養がないと笑われるであろう。

では、日本酒はどうか?
ポケモンカードのような存在であると私は思う。遊び方が最初から決められており、少し勉強すれば誰でも楽しむことができる。しかし、そういうゲームだからこそ飽きるのも早い。飽きさせないためにポケモンカードは常に新しいカードやプレミアムカードを出し続ける必要がある。プレミアムカードは高額で取引され、注目を集める。ポケモンカードを知らない人でも「ピカチュー」は知っているではないのだろうか。

日本酒も同様に、特定の銘柄や特徴が注目される一方で、他の銘柄は相変わらず売れないのが現状である。

ではポケモンカードの様な日本酒はどうやって生き残り戦略をするのか?
新しいプレミアムカードは作りながら似たようなカードゲームが出ない事を祈るしかない。
しかし多くの人が知っているようにポケモンカードの後にデジモンカードが待っている。

マジシャンが話題作りのためにマジックでポケモンカードを使う事が稀にあったとしても、カジノ会場でポケモンカードを見る日はまずこないだろう。家で大富豪の代わりになれてもそれを遊ぶのは一部の「オタク」の人たちである。
*ここで言う「オタク」という意味は多数の人が持たない専門知識を持つ人を指す。

だからポケモンカードゲームがどんなに頑張ってもトランプの代品にはなれないのだ。
そしてカードが増えれば増えるほど、ゲームは複雑化し一般人はゲーム自体から興味がなくなり、一部のプレミアムカードだけを見栄と転売のために漁り続けるだろう。

日本酒も昔はトランプだった?

江戸時代には「正宗」という名前が流行したことがある。それは各酒屋がお酒をブレンドし、加水してオリジナルの日本酒を作っていたからである。その中でも完成度の高いお酒を「正宗」と呼び、常連客はその酒屋の正宗を期待し楽しんでいた。また、「お燗番」という日本酒の温度を管理するソムリエのような職業も存在していた。これは、地域ごとに異なるお酒の味を消費者の好みに合わせて消費者が提供していた証である。

現在の日本酒界への提言

現在の状況では、唎酒師の資格がどれほど意味がないことが理解していただけたであろう。現状できることは、いかに手元のカードにプレミアムな価値をつけて転売してゲームから降りる方法を探すことである。

そうさせないためにも、各蔵元には消費者側の活動を信じ、遊びの余白を残すことの重要性を感じてほしい。消費者に対する教育や体験の場を提供することで、日本酒の魅力をもっと広めることができるであろう。さもなければ次に来る新たな競争相手に太刀打ちできない。

日本酒がワインのように広く受け入れられるためには、消費者側の活動を強化し、消費者側の活動の形式知化を進める必要がある。それによって、日本酒の世界がより深く、広く理解されるようになるであろう。

この記事が、皆さんが日本酒ビジネスを考える一助となれば幸いである。消費者側の活動を見直し、日本酒の魅力を広めるための新しいアプローチをぜひ、作り手と遊び手が共に模索して行きましょう。

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