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幽霊列車

掌編小説

 ふと目が覚めると、電車の中にいた。乗客は他になく、自分一人きりだった。(どうしたというんだろう。確か家族と一緒に奥多摩へ行く予定だったのに。いつの間にか眠ってしまったらしい。)電車はごうごうと走る。突然、電気が消えた。外も真っ暗で、しばらく何も見えなかった。自分は意味が分からなくなって、怖くなった。一体どこへ行ったのだろう。もうずっと駅に止まっていない。
「次は地獄谷、地獄谷でございます。その後、三途の川、死へと至ります。地獄谷まであと十五分程度でございます。」
と、機械的な声でアナウンスがあった。自分はぞっとした。まだ死にたくない。けれどもこの電車は確実に死へと向かって走っている。地獄谷とは恐ろしいところだ。でも死よりましだから、地獄谷で降りるとしようか。長い十五分だった。手足は汗ばんでいるのに背中は冷たかった。あまりに長い十五分だったので、知らないうちに地獄を通り越したのではないかと不安になった。それにしても人の顔が見たかった。暗くてよく見えないが、物音一つしないところから、自分一人だけであることは間違いなかった。
 地獄谷は大きな駅だった。たくさんの死にきれない亡霊たちがいた。どの電車に乗り換えればいいのか、さっぱり分からなかった。亡霊たちは、まだ死にきれず、現世に戻りたがっていた。自分は、そこで弟の亡霊を見た。話しかけても、何も聞こえないらしい。でも姿だけは見えるようだ。こっちこっちと招いている。自分は弟と一緒に、行き先の知らない電車に乗った。その電車も、電気が点いていなかった。僕は尿意を感じ始めたが、立ってトイレに行く勇気は出なかった。幸いにもその電車は、現世行だった。僕は弟のお陰だと思った。気が付くと、病院のベッドに寝ていた。あの日、奥多摩へ行く電車が突然脱線し、横転し、自分と弟は危うく死ぬところだったそうである。自分は生きてて良かったと思った。

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