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【小説】日本の仔:第10話

 宇宙エレベータを東シナ海に建設するとなると、中国、韓国、北朝鮮との利害関係にも絡んでくるということになる。
 なにせ、現在のロケットで打ち上げる費用の5%で人工衛星を地球周回軌道に投入できることになるのだ。おまけにゆっくり上げるので故障のリスクも少なく、ロケットの爆発という惨事とも無縁、部品を数回に分けて軌道上に運び、そこで大きな構造物を組み立てるということも簡単にできるようになる。

 即ち、世紀の建設事業になるということで、技術的にも政治的にも正直我々の手に負えるものではないのだ。
 このことを徳永に伝えると、
「大丈夫大丈夫、とりあえずカーボンナノチューブについては、黒鉛から高速で大量に生産できる方法は考えてあるし、今あるカーボンナノチューブと比べて純度と精度がべらぼうに高くて、強度も鋼鉄の300倍は出せるから、気象条件で壊れる心配もしなくていいよ。チューブの構造を2重螺旋構造にしてあるからねー。本当は煙突としての機能だけあればいいんだけど、それだと誰もお金を出してくれないだろうから、最低限の宇宙エレベータの機能は持たせてもいいよ。日本政府は喜んで出資するんじゃないかな。他の国についても、別のエサを用意するから大丈夫だと思うよ」
 そういうことは先に言ってくれ!

 ちなみに他国へのエサとは、今まで処理に困っていた核廃棄物を安全に宇宙空間に棄てられるという計り知れないメリットであった。
 原発を稼働している国は例外なく核廃棄物処理の問題を抱えており、最終処分の方法に困り、処分場近辺の住民と常にぶつかり合っている。

 昔はドラム缶に入れて海に棄てるという信じられない廃棄方法が採られ、当然ドラム缶は朽ちて放射性廃棄物が漏れ出て、海洋を汚染し、魚などを通じて多くの生物が汚染されてしまった。今では海洋投棄は全面禁止され、地下深くに埋めて10万年の半減期が過ぎるのを待つという途方もない処理方法が採用されている。

 もちろんロケットで宇宙に打ち上げてしまうという案もあったらしいが、打ち上げ成功率が100%にならない限り、危険すぎて採用できない案だろう。途中で爆発、墜落してしまったら、地球規模で放射能汚染が広がることになるのだから。

 その点、宇宙エレベータでゆっくり宇宙空間に運び、地球に再突入しない方向に射出してしまえば、二度と戻ってくることはない、理想的な廃棄方法だ。
 多くの賢明な国がこの提案に飛び付くのは容易に想像できる。

 日本政府は、常温核融合炉の発明と日本国内での利用計画、そしてその後の宇宙エレベータの建設計画を全世界に発信し、大きな反響を呼んだ。
 地球全体のエネルギー問題をほぼ完全に解決できるという称賛、そして人工衛星打ち上げや核廃棄物処理の課題解決への安堵というポジティブな反応と、日本が常温核融合の技術を当面輸出しないことに対する批判、今後の人工衛星ビジネスを日本に牛耳られてしまうという危機感がない交ぜになり、全世界が騒然となった。

 特にアジア諸国は敵愾心を露にし、宇宙エレベータの建設には真っ向から反対を唱えた。
 それでも世界のためには必要な開発であると日本は捉えており、常温核融合炉の開発と宇宙エレベータの建設を進めると宣言した。

 その後、半年を掛けてどちらの班もラフな設計図と施工計画を書き上げた。

 核融合炉については、元々構造が簡単であったことから、各種出力に応じた炉の設計は難しくはなかったし、実際には複数の小型炉を並べて出力を稼ぐ方式を取ったため巨大な設備にはならずに済んだ。
 ただし、例の炉心となる部品と発電に関わる部品については、徳永自身に頼らざるを得なかった。
 材料と構造的にどんなに精密に再現をしても、原子核融合とガンマ線の電力変換を起こすことはできなかった。
「いい線行ってるんだけどねー。原子レベルの構造まで再現できないと核融合反応は起きないのよね」
 徳永が作った光造形装置とやらで超々精密構造を作成しているらしいが、原理を聞いても全ては理解できなかった。

 そして、まずは火力発電所の代替となる50万kWクラスの発電が行える炉の製造が開始され、日本各地の火力発電所のある場所に設置された。
 そして、すべての火力発電所を置き換えるのに2年も掛からなかった。

 しかし、徳永の予想通り日本の電力使用量はものすごい速さで増加し、核融合炉普及前の3倍に達しようとしていた。
 これには各国からも地球温暖化を進めているとの批判が寄せられ、全世界への熱排出税の導入を迫られることになった。

 この頃には宇宙エレベータのためのカーボンナノチューブの製造も進み、宇宙空間での展開方法の検討、雷や風雨などの気候の影響シミュレーションが繰り返し行われていた。

 その間に自動車に載せられるくらいの大きさ(燃料タンクと同等)の炉の製造も開始され、安全性のテストが繰り返された。発電所のように据え置きのシステムではないため、あらゆる加速度、温度、気圧下で走行実験を繰り返した。ある程度の耐衝撃構造と万が一のためのバックアップ用の蓄電池を積むことで、大きな問題もなく開発は進み、既に普及し始めていた蓄電池式の電気自動車に搭載されていった。
 実際にはカバン程度の大きさで家庭の電力を賄えるほどであるから、この電気自動車を購入した者は家庭用の核融合原子炉を手に入れたことになる。

 こうして、今まで電力生成に掛かっていた石油、ガス、核分裂型原子炉核燃料の燃料としての需要はほぼ0になっていった。

 この間、日本の貿易黒字は大幅に拡大し、交通網、通信網などのインフラがものすごい速さで整えられていった。電気自動車はほどなく第三世代型のAIによる自動運転技術に対応し、すべての車両がACC(Automobile Control Center)によって管理・統合制御され、最短、最適なルートで運航するようになった。
 目的地を設定すれば、最適なルートと手段で事故なく予定時間通りに到着することができる。

 既に日本の主要都市間を結ぶようになったリニアモーターカーとも連携し、電気自動車ごとリニアに積載され、目的地付近まで時速600kmで運ばれる。そこから海を越えるような場合はドローンユニットに積載され、既定の空路を飛行して目的地付近まで運ばれるようになっている。
 これにより日本国内はどこでも4時間以内に行けるようになった。

 これにより旧来型の化石燃料で動くエンジンを搭載している自動車は、大金持ちの道楽でしか見ることができなくなっていた。何せ燃料となるガソリンの輸入量が激減し、ガソリンスタンドは姿を消してしまったので、独自の入手ルートを持っていないと手に入れることすらできないのだ。
 更には車体の整備についても、民間で対応できるところはほぼなくなり、お抱えの整備士を雇わなければならない。
 あるところでは、そういった旧車だけのレースが開催され、熱狂的なファンがいるようだが...


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