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【小説】日本の仔:第11話

 また、電力コストがほぼ0になったことで大きく生産量を伸ばしたのは、製鉄業であった。

 製鉄のために膨大な電力を消費する製鉄所は、一度炉に火を入れると簡単に火を落とせない。なぜなら、火を落としてから再度火を入れると、鉄が融解する温度に達するまでに余計な電力が掛かってしまい、価格に影響してしまうからだ。

 電力コストが0ならば、こうした心配をせずに生産量の調整ができる。これにより適切な生産量コントロールを行った結果、電力コストがないことも背景にして大幅なコストカットが進み、日本は世界の製鉄所の地位を獲得したのだ。

 AIについても少し述べておいた方がいいだろう。

 徳永と出会った2020年頃のAIはまだ局所的な推論や学習に特化したもので、人間のように様々な案件に対応できるものではなかった。例えば、人の会話を学習したり、チェスで勝つための推論を行ったり、人がきれいだと感じる写真や絵はどういうものなのかを学習したりといったことだ。

 そして、AIが単純作業的な仕事を人間から奪い、失業者が溢れるという危機感を煽ったのもこの頃のことだ。
 しかし、AIの進化は人から仕事を奪う方向には進まなかった。確かに単純作業はAIがリンクした作業機械やシステムが担うことで人間が行わなくても済むようになっていったが、むしろAIは人をサポートする方向に進化して行ったのだ。

 誰でも、仕事をしていて忙しくなると、「ああ、もう一人自分がいれば!」と思うことがあるだろう。
 誰かに頼むのも仕事内容を説明するところから始めなければいけないし、自分と同じ速さで仕事ができることは期待できない。
 これに対応する形で、AIは、その「もう一人の自分」を作る方向に進化を遂げて行ったのだ。

 理想はパーマンのコピーロボットだったが、ここでは更に上を目指した。
 コンピュータで一から人間のようなマルチロールなAIを作ろうとすると、必要な思考パターンと基本的な知識データを寄せ集めなければならず、自動的に学習する機能を設けたとしても、 非常に手間と時間が掛かる。
 であれば、 既にプロフェッショナルとして活躍している人物の脳をコピーした方が早い。

 このテーマを解決するために脳内信号スキャンシステムが開発され、記憶、言葉に対する反応、思考の流れ方等をシミュレートできるようにした。これを各分野の第一人者数百名に行い、質問に答えるエキスパートシステムを構築する。また常に最新かつ信憑性の高い情報をインターネットや書籍から検索し、蓄積するデータベースを構築し、先のエキスパートシステムと接続、これを核として、外側に利用者の思考パターンを模した自発的思考AIを被せることで、ルーチンワークから基本的な開発業務、裁判や金融計算などあらゆる仕事のサポートができるようになった。

 そして、このAIシステムを開発したのは、何を隠そう徳永だった。
「AIでまともな人間ができたらと思って!」
 どういう脳構造をしているのか覗いてみたいものだ。

 このように日本は徳永の考えた技術を活かして着々と国力を上げつつあったが、中国を始めとするアジア諸国は宇宙エレベータによる核廃棄物処理の誘いには乗らなかった。

 それどころか強固に建設の反対を訴え続けている。
 それほどまでに日本が宇宙エレベータの利権を得ることに危機感を感じているのか。

 そんな中、宇宙煙突の建設地が対馬と五島列島の間、東経128°9、北緯33°6の日本の接続水域海上に決定した。
 建設地の東側には福岡、広島、大阪、名古屋、東京という都市が並んでいるため、偏西風によって効率的に冷やせるというグローバルシミュレータによる結果を踏まえての決定だ。

 しかし、この決定に対して、韓国が抗議文を送り付けてきた。
 日本の接続水域内とは言え、韓国の排他的経済水域(EEZ)に近い海域であることから、宇宙エレベータの建設による韓国領海への影響は小さくはないという見解で、建設地の再考を求めて来たのだ。

 グローバルシミュレータでは宇宙煙突建設地周辺の平均気温は約10℃下がり、夏場でも20℃前後までしか上がらなくなるとの予想になっている。
 また、海水温についても5℃程度下げることによって、対馬海流に乗せて日本海全体の水温を下げる働きをする。
 これにより、日本全体の核融合炉発電と発電された電力を使うことによって発生する熱を中和する。

 地球温暖化の対策でもある宇宙煙突だったが、海水温が下がることでの生態系への影響は確かに無視することはできないと思われた。
「何言っちゃってんのかねぇ。元々の海水温に戻すだけなのに。むしろ今の生態系がおかしいんだって。どれだけの生き物が行き場をなくして死んじゃってるのか、全然解ってないんだよ」
 徳永が毒舌をふるう。

 京都議定書で定められたCOP15を守った国は皆無で、むしろ二酸化炭素排出量は増えてしまった。
 中国に至っては元から地球環境を守ろうという意識は感じられず、たった5年間で二酸化炭素排出量は2倍を超えていた。確かに今まで先進国がやってきたことを同じようにやっているだけかもしれないが、10億人もの人間がやると、地球環境に大きな影響を与えるほどになるのだ。

 今、地球温暖化は進み、世界中で異常気象が起きている。台風は勢力を増し迷走し、何百年も崩れなかった山が土砂崩れを起こし、旱魃が進んで砂漠が広がり、最高気温が毎年更新され、流氷が来なくなり、オーロラが低緯度でも見られるようになり、赤潮が異常発生し、竜巻がビルを倒し、山火事が際限なく広がっていた。
「早くしないと...」
 徳永は心の中で切実に呟いた。

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