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わたしの庭〈曼珠沙華〉

今年は、もう咲かないのだとあきらめていた。
彼岸花。9月になっても、猛暑日が続いていた。夜も気温が下がらず、熱帯夜続き。
『彼岸花の開花が遅れています』
そんなニュースを耳にすると、(わたしの庭だけじゃないんだ)と、少しだけホッとした。
『最低気温が20度を下回らなければ、彼岸花は咲きません』ー そんなことをいう気象予報士もいた。それを聞いたときは、絶望した。そんな日は、いつになったら来るのだろう。いつまで待てばいいのだろう。そのうち彼岸花は、待ちきれずに花をあきらめ、葉っぱだけ出してくるかもしれない。

わたしの庭の彼岸花が芽を出したのは、9月26日だった。去年も遅かったが、それより10日もおそい。先端に花の蕾をつけた芽は、出てしまえば、スクスク伸びる。一日に10センチぐらいは伸びる。3日目には、赤い花の蕾が、咲くばかりになっている。猛暑日こそなくなったが、ほぼ毎日が真夏日。最低気温も、20度を下回る日はない。それでも芽を出してくれたんだね。ありがとう。

彼岸花には、曼珠沙華という別名がある。サンスクリット語で天界の花というような意味らしい。地面から、花茎だけぬうっとのびて、血のように赤い花を派手に咲かせるが、種を作らない。根には猛毒がある。怪しいことだらけだ。怪しさゆえに、人をひきつける。

正岡子規の小説「曼珠沙華」は、旧家の息子、玉枝と貧しい花売りの少女の妖しくも凄みのある恋の物語だ。玉枝は、富豪の跡取り息子だが病弱だ。少女は、籠に桔梗の花束を入れて売り歩くが、人から忌避される蛇使いの娘だ。そんな二人が、曼珠沙華の咲き乱れる野で出会い、不思議な恋をする。死を背負う少年と、貧しさと差別を背負う少女の、夢か現かわからぬような逢瀬には、赤い毛氈を敷きつめたように曼珠沙華が咲いている。
曼珠沙華の赤は、作者の正岡子規が病床で吐く血の色のようなーーそんなふうに思わせる凄絶で妖艶な小説だった。

わたしの庭の曼珠沙華、いや彼岸花。球根を植えたわけでもないのに、いつのころからか咲くようになった。彼岸花に種はできないのだから、不思議である。空から球根が降ってきたとしか思えない。まさに天界の花、曼珠沙華!

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