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紫陽花忌

きみよさんが旅立った。
訃報は、きみよさんのスマホから、ショートメールで届いた。受け取ったのは、土曜日の夜だった。
文末には『代筆 ごんちゃん』と、記されてあった。「ごんちゃん」とは、きみよさんのだんなさまの呼び名だ。

スマホの文字を見ていると、ジワジワと涙が湧いてきた。家族に涙を見られたくなくて、その夜は、早めに床に就いた。

きみよさんとは、物語や小説を書く同人誌の会で知り合った。内紛のようなものに巻き込まれて、きみよさんが会を離れてからも、わたしたちのつきあいは続いていた。もう二十年も。

きみよさんのことを思い出していると、じわじわじわじわ涙があふれ出てきた。あんなことこんなこと、忘れていたことまで浮かんでくる。タオルで涙をふきながら、わたしは、眠れない夜を明かした。

翌日曜日、わたしは、予定通り、電車とバスを乗り継いで、古い寺院の紫陽花まつりに出かけた。色とりどり、大小さまざまな紫陽花の花をスマホで撮りあさった。何回目かのシャッターを押したとき、きみよさんに紫陽花の花を贈ろうと思いついた。

月曜日、わたしは、花屋さんに行った。
「亡くなった友人に、花を送りたいのです。
花かごに紫陽花の花をたくさん活けて、届けてください」
注文していると、じわじわ涙がわいてきた。
ハンカチで目と鼻をおさえながら、伝票を書いた。
「お届けは明後日になります」
花屋の若い女店主は、しんみょうな声でいい、
深くおじぎをしてくれた。

花屋さんを出ると、わたしの心は少し軽くなった。そうだ、あの公園に行こうと思い立った。

その公園からは、お城の天守閣が見えた。私の家からは近く、きみよさんの家からは遠い。何年か前、藤の花の咲く季節に、わたしは、きみよさんをさそって、市内でいちばんといわれる藤棚の回廊を歩いたのだった。

「わたしね、むかあし、この公園にきたことがあるの。ごんちゃんとふたりで。結婚したばかりのころ。桜が咲いていたわ」
きみよさんは、微笑みを浮かべていった。目の周りが、ほんのり桜色に染まっていた。

いまは、桜も藤も咲いていないが、その公園には、紫陽花の小路があった。そこは、大樹の林の陰になっているせいか、紫陽花の葉が繁っているばかりで、花はまばらにしか咲いていなかった。人影も少なく、わたしは、涙がじわじわ湧くにまかせて、紫陽花の小路を歩いた。

きみよさんにガンがみつかったのは、ちょうど二年前のことだった。
入院。手術。抗ガン剤治療。
入院してから、きみよさんは、毎日メールをくれた。手術の翌日には、医師に説明されたことを、教えてくれた。
退院してからも、メールの交換は続いた。
朝ごはんに何食べたとか、もうすぐ昼ご飯ですねとか、晩ご飯は何にする?とか。
食いしん坊のきみよさん、食べ物のことばっかり。きっとガンは消えるし、そのころにはコロナも終わるから、きみよさんの家の近くの静かな森のレストランでふたりでお食事しよう。
メールで話していたのはそんなことだった。

人が少なく、日の当たらない紫陽花の小路を歩いていると、眼鏡の縁のところに涙がたまり、目の周りがベショベショになってきた。
わたしは、眼鏡をはずし涙をふいて、また眼鏡をかけて、鼻水をかくすためにマスクもつけた。
陽のあたる場所にある花壇にくると、洋種の大きな白い紫陽花が咲きほこっていた。つれだって花を観に来ていた婦人たちが、こぞってスマホを豪華な花に向けていた。

手術から三ヶ月くらい経ったころだろうか。
わたしは、きみよさんからのメールに異変を感じ始めた。
漢字の変換がめちゃめちゃだったり、同じことを何回もいってきたり、ショートメールなのにゾッとするような長文を送ってきたり……
そんなとき、わたしは、何も気づかないふりをして、スタンプや写真を送って、話をきりあげた。
「わたしは、バカですね。脳が腐っています。アルツハイマー病のせいでね」
そんな凍りつくようなメッセージが送られてきたのは、退院後、半年ぐらいたってからだった。
きみよさんの認知症の進行は速かった。ガンも消えなかった。
5月29日を最後に、きみよさんからのメールは途絶えた。
それでも、わたしは、毎朝、おはようのスタンプと、街のどこかで見た紫陽花の写真を送り続けた。返事は来なくてもかまわない。見てくれるだけで、十分だと思っていた。6月中は、どこかで撮った紫陽花の写真を送るつもりだった。
「代筆ごんちゃん」の訃報メールがくるまでは。

わたしは、和洋いろいろな紫陽花が咲き競う花壇のまわりをゆっくり歩いた。もうスマホを花に向けようとは思わなかった。本物の紫陽花をきみよさんに贈ったのだから。
贈った花が、ごんちゃんの慰めにもなったらいいな、と思う。
「ごんちゃんがよく怒るのよ」「またごんちゃんに叱られました」、きみよさんは、たびたびメールに書いてきた。
なれない家事と七つも年下の妻の介護に疲労困憊している老いた男の姿が、目に浮かぶようだった。

早すぎるよきみよさん、でも、長引かなくてよかった。ごんちゃんのことを思いやれば、矛盾した両の思いが、わたしにもある。

6月8日は、きみよさんの紫陽花忌。


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