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人に注意する、爽やかにできるようになりたい

フィンラインド旅行2日目の朝、ヘルシンキ市内にあるテンペリアウキオ教会を訪れた。大岩をくりぬいて造られた教会で、通称「岩の教会」と呼ばれている。
柔らかな自然光が降りそそぐ中、むき出しになった岩壁の砂の一粒一粒を観察したり、水の流れの痕跡からはるか昔の景色を想像したり。

静かな時間を堪能していると、観光客と思しき団体がひっきりなしに来訪してくる。美しい場所なので、自身や旅の仲間を写真や動画に収めたくなるのも頷ける。地理的に遠い場所からやってきたのならなおさらだ。
しかしある一定数を超えると、わいわいきゃあきゃあという声が重なり、建物の構造も相まって、雑音となって教会内に響き渡る。

静かにしてほしいなぁと思っていると、スピーカーからアナウンスが入った。最初はフィンランド語で。次に英語で。

「祈りの場所です。静寂を保ちましょう。Shhhhhhh……..」

テンペリアウキオ教会の内部。開放的で美しい。
パイプオルガンの横には、スタインウェイのフルコングランドが置かれていた。

冒頭のアナウンスが聞こえていなかったであろう団体客が、深い息とともに「Shhhhhhh……..」という音が吐き出されると、一瞬にして静まり返った。

その様子を見て、「あぁ、万国共通で意味が通じる、この摩擦音のすごさよ!」とすごく感動した。

アメリカやイギリスではよく耳にするが、私自身は、コンサートやセミナーなどの不特定多数が集まる場所で、静寂を促すために「Shhhhhhh……..」と発したことはほぼない。
外国語を解せなくても、この音の意味することが年齢や国籍を問わず伝わることの強さ、そして言葉として人を傷つけないしなやかさ。


思い起こすのは、サントリーホールで大好きなピアニストのコンサートへ行った数年前の出来事だ。
自分への誕生日プレゼントとかこつけてチケットを取ると、舞台上手側の、前から数列目の席だった。ピアノの蓋=大屋根が外されており、フルコングランドピアノの弦から発せられる音がまっすぐに届く、気絶しそうなほど良い席だ。(ピアニストの手元を見ることができないというデメリットもある)

同じピアニストの別公演(京都)に行ったときの写真。座席は最前列。
座席運が驚くほど良い年だった。


サントリーホールは音響が素晴らしいが故に、観客席側からの物音もそれはよく響く。衣の摩擦音さえ立てないように身体は硬直させつつ、心は存分に音を楽しみながら聴くのがお作法だ。
いよいよ開演となり、とても丁寧な一音目が鳴らされ、ホール内に響き渡る音を楽しむ。楽しむ。楽しむ…でいると、なにやら耳に障る音が聴こえてくる。
その音の元を辿ると、隣りに座っている小学校中学年くらいの女の子がピアノ演奏に合わせてハミングしているのだ。

わぁ…やめて…やめてくれ…

好きな曲でハミングしたくなる気持ちもものすごくわかる!が、ピアノ演奏だけ聴いていたい私には、他人のハミングは雑音以外のなにものでもない。
彼女の隣りに座っているお母さん、どうか注意してお願い…と念ずるも、全然気にも留めない様子。

一度気になりだすと、もう全然ピアノの音に集中できない。演奏が何曲も続くから、途中で私から声をかけるのも難しい。小声だとしても、前後の人の耳目を集めるのは目に見えている。それに、こんな子どもになんて言ったらいいんだろう。

逡巡しているうちに、もう耐えられない!と細胞がわめき出し、ピアニストがMCに入った瞬間に思わず彼女に言ってしまった。

「静かにして」


いやぁ、もう少し言い方あったでしょう、私。

彼女は、まさか隣に座っている見知らぬ大人(私)からそんな言葉をかけられると思っていなかったであろう。怯えた顔で私を見返してきた。叱られた、と思ったかもしれない。

私の方は、見知らぬお子さんに注意するなんて経験がないので、たった一言ながら、その瞬間にどっと疲れた。やたらドキドキした。
その後、彼女のハミングはもう聴こえなくなって、ピアノの音に集中できたことは良かった。けれど、私の胸にはじんわり苦い感覚が残った。

人に注意するって、なんてストレスフルなんだろう。
しかし今なら言える、「Shhhhh….」と優しく言った方が、まだ良かったと。

このお題に関して考えるところをもう少し書きたかったが、長くなったので次回に。


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