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「職場内カサンドラ」について。

最近、自分のパートナーとの意思疎通ができない状態が長く続くことでストレスが蓄積し次第に心を病んでしまう「カサンドラ症候群」が注目されています。多くの場合カサンドラ症候群の人のパートナーは他者との円滑なコミュニケーションを苦手とする自閉症スペクトラム(ASD)の可能性が指摘されています(必ずしもパートナーが診断のつくレベルのASDであるとは限りませんが)。
このカサンドラ症候群は元々は夫婦間の問題として語られてきましたが、最近は職場でも似たような状況から心を病んでしまった人が職場を去ってしまうケースを私の周りでも見かけるようになりました。私は未婚者ですので本来の夫婦間のカサンドラ問題については当事者の立場で語ることはできないのですが、その代わり長年の会社員経験から「職場内カサンドラ」について考察しようと思います。

「職場内カサンドラ」が発生する状況

職場内カサンドラが発生する状況は以下のような複数の要因の組合せによって起こると思われます。
・ペアを組んで進める業務に従事している。
・その業務内容はそばにいる第三者にはわかりにくい(ペアで孤立している状態)。
・ペアの一方が能力や性格から要求レベルの業務をこなすことができず、常に他方のフォローによって業務が回っている。
・そのことをフォローされる側本人は気づけない。
本来のカサンドラ症候群は主に夫婦間の情緒的なコミュニケーションが拒絶されてしまうことのストレスに起因するので、仕事上のコミュニケーションのストレスに起因する「職場内カサンドラ」は原因が少し異なるのですが、どちらも「本来パートナーとして対等な関係で協力し合って成り立つものが、一方が何もしないor足を引っ張るために他方が二人分頑張ってフォローすることで成り立っている状態」という点で共通しています。

「職場内カサンドラ」特有の辛さ

それでは「職場内カサンドラ」の辛さにはどんなものがあるでしょうか。これも様々です。
①表向き業務が滞りなく回っているため、フォローする側が第三者に辛さを相談しても理解されないことが多くさらに辛さを抱えてしまう。
実質的は自分が相手の分まで頑張って何とか業務を回している状態なのに外からは「ペアとして」業務が滞りなく回っているように見えるのでそれでよしとされてしまいがちです。自分たちの業務内容が第三者からわかりにくいものであるとなおさらその傾向は強いと思います。
大声で部下や後輩を怒鳴りつけるパワハラと異なり、傍目で見る限り特に問題があるように見えないのが辛さを第三者から理解されにくい原因です。
②問題を起こしている側は見かけ真面目で大人しいタイプが多く、傍目には問題が見えにくい。
別に彼らはさぼっているわけでも手を抜いているわけでもなく、それどころか傍目には真面目に仕事をしているように見えるので、フォローする側が相手の問題を訴えても「そうかな、彼(女)は真面目に頑張ってると思うけど」とその訴えを共感してもらえないのです。
③問題を起こしている側は「自分に問題がある」と思っていない。
問題を起こしている側は「自分は頑張っている」と思っています。実際、夜遅くまで残業して仕事をする人も少なくありません。自分は頑張っているのに何故いちいちペアの相手から怒られてしまうのかわからないのです。
④しょっちゅう相手に注意しているのでまるで自分の方が相手にパワハラorいじめをしているように見られてしまう。
おそらくこれがフォロー側にとって一番辛いことだと思うのですが、自分にとって相手の問題は明らかなのに第三者からはそれが見えにくいため、ことあるごとに相手を注意したり小言を言ったりしていると「あんまり彼(女)をいじめないであげてね」と周りから言われるなどまるで自分の方が悪者のように見られてしまうことです。そのことで「私が悪いんだろうか」と自分を責めてしまう人もいるでしょう。

相手を「職場内カサンドラ」にさせてしまう人の特徴

さて、仕事のペアの相手を「職場内カサンドラ」にさせてしまう人はどういう特徴があるのでしょうか。先ほども触れましたが彼らの多くはやる気がないわけでなくむしろ人一倍真面目です。学生時代は勉強が得意で難関大学卒の人も少なくありません。そのことでプライドを持っている人もいます。
しかし仕事となると本質的でない枝葉的な作業に夢中になったり、納期の優先順位を無視したり、作業で一旦つまずくと全く先に進めなかったりして本来の業務が滞ってしまい、結果的に相手のフォローが必要になってしまうのです。
またこういうタイプはえてして
・報連相ができない。
・言われないと動けないのに言われると何かと理屈をつけて反論する。
・自分の思考パターンに沿った形で説明されないと理解ができない。
・相手の状況を察知して臨機応変にフォローすることができない。

・自分で物事を決められず、相手に判断を丸投げしてしまう。
傾向があるように思います。このようなタイプと仕事でペアを組むと、相手に適切に動いてもらうためにいちいち説明の仕方を工夫したり、話しかけるタイミングを見計らったりすることになりとても疲弊してしまうのです。

以前、私の職場でもそのような状況が発生したことがあります。部の経費実績の取りまとめをベテラン社員Aさんと数年前に入社してきた年下の社員Bさんがペアで行っていました。他の部員は技術職なので、彼女たちが担当している事務系業務の内容や大変さを身を以てイメージできる人はほとんどいません。
最初は数少ない事務系社員同士で仲が良かったものの、仕事でペアを組むようになって1年ぐらいしてAさんとBさんとの間に不穏な空気が漂い始めました。何かというとAさんはBさんに対して強い口調で指示したり注意をするのです。事情の良くわからない周りの人は「Aさん怖いね、Bさんが可哀想」とBさんに同情的でした。しまいには上司が出てきて「そんなにBさんに不満があるならあなたが辞めてもらっても構わないんですよ」とAさんのほうを叱責したのです。

ところが実際はBさんの方にも問題があったのでした。
・膨大なデータの集計シートの入ったファイルにパスワードをかけたまま、怪我で1ヶ月近く入院&自宅療養していたがパスワード含め自分の仕事の進捗をAさんに一切連絡しなかった。データ集計の期限が迫っていたがAさんはBさんのファイルを開けないため何日も大残業して一から自分で集計作業をやり直す羽目になった。しかしBさんは出社しても自分が入院中にAさんにやってもらった仕事の進捗をAさんに聞かずお礼も言わなかった。後でそのことをAさんに指摘されると謝るどころか「(Aさんや私でない)誰かがやってくれると思ってたからこちらからは何も言う必要ないと思ってました」と言い訳をしていた。
・何かというと「それは教わってないのでわかりません」「言ってくれればやります」と言うのでAさんが何度も表現を変えながら繰り返し説明をしても仕事の内容を理解しようとしなかった。またAさんが説明してくれたこと自体記憶から抜けていて「Aさんは私に何も教えてくれない」という認識を持っていた。
・しまいには「Aさんは自分の考えばかり私に押し付けないで、私がどのように考えるかを想像してから話してください」というメールをAさんに突きつけ、彼女たちの上司にも言いつけた。

これらのことはAさんとBさんとの「閉じた」関係の中で起こっているので誰も本当のことを知ろうとはせず傍から見た印象(AさんがBさんに強い口調で責めている)とBさんの訴えで上司からも一方的にAさんに非があるとされてしまい、Aさんは心身共に疲弊しきって会社を辞めてしまったのです。

「職場内カサンドラ」を生み出さないようにするには

このように「職場内カサンドラ」は意思疎通のできない社員と関わることの辛さを理解をしてくれない上司や同僚に失望し会社を辞めてしまう悲劇を引き起こすこともあるのです。それではどうしたらこのような犠牲者を出さずに済むのでしょうか?私個人の意見としては
職場内でペアとして孤立した状態を作らない
配慮の必要な社員は特定の同僚一人だけにフォローを丸投げせず、数人で支える体制にする
ことが必要ではないかと思っています。これは組織運営にも関係することなので、部員だけでなくリーダーたちにもお願いしたいことかもしれませんね。理想を言えば部員がお互い自分の担当以外の部内の業務にも興味を持つことが特定の業務ペアの孤立化を阻止できると思うのですが、最近は忙しすぎて皆自分の仕事をこなすのに精一杯でなかなか他人のことまで気が回らないのが難しい所です。

ASD差別につながることの懸念

今回の記事では極力ASDという言葉を使わないようにしました。それは「職場内カサンドラ」という概念が広まるにつれて、その原因が社員のASDにあると解釈されてしまうと就職活動でASD当事者の学生が採用で不利になってしまう懸念があるからです。
先ほど述べた「仕事のペアの相手を職場内カサンドラにしてしまう社員の特徴」を見て「ASDあるある」と思った方もいるかもしれませんが、実際はこのような社員はASDに限ったことではありません。定型同士でも生育環境や世代の違いでこのような問題は起こりうると思います。職場内カサンドラは特定の社員だけにその原因を求めるのでなく、職場全体の組織や体制を見直すことで対処できるものではないかと考えています。

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