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自業自得

市役所の4階に行った。
しかし、人がいない。
ああ、受ける人は少ないのだなと思っていた。

面接の時間になる。
しかし待てども待てども誰も来ないしどうしようもない。
困ったので、
窓口の人に声をかけてみると…

「あ、そちらは3階ですね」


どこで間違えたのか自分は4階であるものだと信じ込んでいた。
これはもう終わったなと思った。
せっかくの時給2000円の仕事がパーである。
仕方ないので…とか思っていたら、
係の人がわざわざ4階まで来て3階へ連れていってくれたのだった。


「こちらでお待ちください。」
と言われ、3階のホールみたいなところへ行くと、
人がうじゃうじゃいる。
しかも、
明らかに自分よりも年上の人ばかりである。
中には40代や50代くらいの方もいる。
そんなに広いホールではなかったが、
10人以上はいただろうか。


なんでこんなにいるんだ。
それに年上ばかりじゃないか。
なんで?
しかも自分は場所を間違った上に遅刻までしている。


今になって思えば、
当時は就職氷河期であった。
さらに、その時代の教員の試験倍率は10倍を超えていた。
そもそも先生の採用数が少ないのである。
それに加えて臨時採用の口も少なかったと思う。
「臨時を10年やって、やっと正採用にしてもらえるんだよ。」
などと後から聞いたこともある。

そこにいた年上の方々の多くは、
正採用になれなかった、臨時採用もなかった方々が多かったのではないのかと思う。
その位当時の採用は厳しかったのである。
今では先生が足りなくて各自治体でかき集めても不足しているというのに、
この時代は先生になりたくても中々なれない時期であった。
特に田舎ではそれが顕著だった。
ちなみに都会で採用数が増え出したのはこの1、2年後位からである。
蛇足だが、
学閥というものもあって、地元の国立大卒から○名、地元の私立大卒から○名、それ以外から○名みたいなのもあったと聞いた。
今もあるのかは知らないけれども。


集合場所の階を間違えて遅刻。
さらに多くの年上の方々が受験。


そう考えるともう受かるのはダメだなぁと思った。
せめて階を間違えずに遅刻しなければまだ望みはあったかもしれないが…
いや、担任補助、児童補助なので新卒大学生よりもベテランの方を欲しがるのではないだろうか…

なんてことを考えているうちにどんどん人がいなくなっていった。

そして誰もいなくなった。


最後に自分が面接に呼ばれたのだった。





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