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Lunatic tears 2

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Lunatic tears 第2巻「Mephistopheles」
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記事一覧

LTR3-18「Mephistopheles」

 臨海署を後にした流雫と澪は、その入口前で揃って大きな溜め息をついた。そろそろ9月も終わると云うのに、落ち着く気配が無い暑さが、制服を纏った2人に襲い掛かったからだ。涼しい部屋にほぼ1日中缶詰めだったから、余計暑く感じる。
 東京湾の対岸に大井コンテナ埠頭を望む警察署は、30分前に入った緊急速報で、2人の取調どころではなくなるほどの慌ただしさに包まれた。だから今日のところは打ち切られ、明日再開され

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LTR3-17「Ironic Blue」

 台風の最中に起きた、東京中央国際空港でのテロ事件から、ちょうど1ヶ月。9月下旬、都内の大学病院の入口前には、多数の報道陣が詰め掛けていた。目的は、今日退院の元国会議員だ。
 名前は、伊万里雅治。トーキョーアタックの追悼式典を狙ったテロ事件の首謀者として逮捕され、そのまま病院へ搬送された。
 ……暴風雨の最中、展望デッキでセーラー服を纏った女子高生に撃たれた。
 彼女の銃と銃弾のパッケージは、静音

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LTR3-16「Through The Rain And Tears」

 流雫は自動ドアへと戻り、反対側のドアへと走る。貸ホールの前からエレベーター側へ振り向くと、遠くからミリタリージャケットを着た4人の男、そしてスーツを着た男と目が合った。伊万里だ。
「待て!」
と伊万里の声が響く。流雫は当然ながら無視して、先刻とは反対のデッキに飛び出す。
 雨と風が容赦なく流雫を叩き付ける。しかし、先刻まで首元ではためいていたネクタイは無くなっている。流雫は、少しだけ身軽になった

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LTR3-15「Unwanted Place」

 澪の家から駅まで歩く間に、既に足下はびしょ濡れになっていた。靴下が雨を吸って、ローファーの中で音を立てるほどの降り方だった。
 NR線を使っても、途中で私鉄かモノレールに乗り換えることになる。改札を通った後で、流雫は乗換アプリを開く。
 運行情報には私鉄は本数を半分以下に削減している一方で、モノレールは平常通りと表示されていた。やはり、脱線の心配が無いだけ、この点では強いのか。
 多少遠回りにな

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LTR3-14「I Will Be There」

 最初に見たのは、白いシーツと薄いピンクの枕。ただ全体的に暗く、そして少しだけ視界が滲み、頬は濡れていた。
「……あ……さ……?」
澪は呟き、目蓋を指で擦る。
 目覚ましを掛け忘れたが、普段起きる時間より30分ほど早く目を覚ました。
 ……少し不思議な夢を見た。悲しく、この世界の切なさを掻き集めたような、心臓が少し締め付けられるような。しかし、澪はもう少しだけ見ていたかった。尤も、二度寝しても続き

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LTR3-13.1「Cross Line Of The World」

 眠れるワケがなかった。関東を襲うとの予報が出ていた台風、その直撃こそどうにか免れたそうではあるものの、東京北部の一軒家の窓を叩き付ける風雨は相変わらず強く、LEDの照明を消した部屋にその音が響く。ただ、それだけが理由ではなかった。
 日付は2時間前に変わっていた。数時間後には朝が来る。あの惨劇から1年の節目の朝が。流雫と云う少年にとって、忘れようにも忘れられない、否……忘れてはいけない、あの日が

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LTR3-13「Embrace The Sleepless Night」

 8月後半、フィリピン付近で発生した台風10号。それは週が明けると超大型で猛烈な台風となり、予報円の東側を突き進むようなルートを辿っていた。
 暖かい海上でパワーを蓄積している台風の瞬間最大風速は、時速換算だと280キロ以上。それは、全速力で走る新幹線の屋根に、磔の刑よろしく立たされている時に受ける風の強さだと思えば早い。
 5日間予報では、来週の月曜日に関東上陸の可能性を含ませている。既に暴風域

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LTR3-12「Preparedness Required」

 秋葉原の悪夢から3日が経った。盆休みが終わった途端、巷は一気に普段の平日に戻る。相変わらず、真夏らしい天気でとにかく暑い。
 あの日のことは、2人して話題に出すことを避け、日常のどうでもよい話だけを貪った。5月の池袋の時と同じやり方だったが、それでどうにか泥沼から這い上がれた感は有る。

 夏休みも残り2週間ほどしか無いが、流雫にとってはペンションの手伝いが日課の時点で、別に暇を持て余しているワ

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LTR3-11「Regret Symdrome」

 諦めた東京行き、しかしそれでよかったのかと思いながら、自由研究を放置した流雫はただニュース記事を追っていた。4色の細書きサインペンを使い分けながら、気になる部分をルーズリーフに書き出していく。
 ふと、外から拡声器で怒鳴る声が聞こえた。
「強制捜査は陰謀だ!愛国への冒涜だ!」
3Fの窓側に座っていた流雫が下を見ると、デモ行進が行われていた。
「……こっちもかよ……」
そう思いながら、溜め息をつい

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LTR3-10「Frozen Reason」

 総選挙から一夜明け、朝のワイドショーではその総括に全ての時間が割かれていた。
 野党の国民党が与党の自由党に接戦ながら土を付けた。それでも単独過半数には至らず、今回も連立与党の政権になることは、有識者の予想通りだった。
 そして、今回特に注目された2つの選挙区の選挙結果について、分析が始まった。

 7月に河月のショッピングモールで起きた自爆テロで任意同行を求められ、更に1年前の東京同時多発テロ

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LTR3-9「Judgement Days」

 海外からの渡航者には、ミストサウナと例えるのが適切な日本の夏。その暑苦しさに拍車を掛けるのが、7月に解散した衆議院の総選挙だ。
 その投票日前日、選挙一色に染まったニュース番組で発表された直前の世論調査では、支持率ベースで与野党が稀に見る接戦を展開していた。
 どの結果になっても、次の政権も与党は単独過半数には至らず、連立体制になると云うのは有識者の共通認識だったが、大体結託する政党は判っていて

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LTR3-8「Abyss Of Eyes」

 世間は夏休みに入った。しかしこの夏、東京発パリ行シエルフランス便の予約リストに、ルナ・ウナヅキの名前は無かった。
 そのルナ……流雫は、パリオリンピックでパリ市内が混雑するのを鬱陶しく思い、毎年恒例となっていた夏休みに帰郷するのを止めていた。尤もその分、春休みに前倒ししていたのだが。
 開会式を間近に控えたパリ市内の様子が、ペンションのテレビに映し出されていた。夏のオリンピックが観客を入れ、且つ

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LTR3-7「False Flag」

 澪が流雫のベッドの上で目を覚ますと、今日用にセットした目覚ましのアラームまでは未だ20分ぐらい残っていた。
 ……数時間前の余韻が、未だ残っている。2人がペンションに戻ったのは、日付が変わって30分ほど経った頃だった。そしてベッドで目を閉じたのは更にその5分後だった気がする。
 1日の最後に叶った奇跡が疲労を吹き飛ばしたからか、部屋に戻ると一気に眠気に襲われた。そして夢も見ないまま朝を迎えた。

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LTR3-5「Feel Your Melancholy」

 「……恋愛ドラマはそこまでだ」
ドアが開くなり、そう言った常願が入ってくる。確かにその舞台は取調室で、あくまでも流雫は取調中、澪はそれに同行しているだけだ。
 とは云え、もう少しだけ2人きりでもよかったのに、先刻は弥陀ヶ原に、今度は父親に邪魔された……。澪は頬を拭きながら、半分本気で邪魔者を見る目で父を睨む。
 「……さて、何処まで話したか……」
娘を軽く遇うように常願が言うと同時に、取調室のド

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