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会社の歯車|たとえわずかでも、その回転には価値がある

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✔ 組織人は歯車ではなく、それを動かす燃料のようなもの。
燃料が足りなくても歯車は動くが、当然、回転効率は落ちる。
回転力がわずかでも、それを生む燃料の価値に真剣に向き合うべき。

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会社の歯車になりたくない ――

… なんて。
若いころはよく思ってました。
それこそ就活を始めた学生時代や、仕事のことや将来のことで迷走していた社会人2、3年目の頃に。

仕事の合間に向かったオフィスビル内のスタバ。
注文したドリンクを待っているときに、テーブル席の大学生であろう男女数名のグループの会話が聞こえてきて… 久しぶりに耳にしました。
そうだね、わかるよ、その気持ち。
だからこそ、会社という仕組みの中で長年動いてきた僕から彼らに、できるなら伝えたい。

僕たちは、会社の歯車なんかじゃない。

綺麗事に聞こえますか?
では、こう言い換えたらどうでしょう。

ほとんどの人は、会社の歯車になんてなれない。

どんな優秀でも、歯車にはなれない

会社を機械仕掛けの機構、それこそ機械式時計のように、いくつものパーツが組み合わさった集合体と考えるのは、たしかにそれほど間違った感覚ではないと思います。
規模が大きくなれば内部も外部も管理が複雑になっていくわけで、それこそ大企業ともなれば組織に秩序や統制が必要でしょうし、そのために物事の進み方がシステマティックにもなるでしょう。

でも、働く人たちが形容されるのはいつも、なぜか歯車な気がしているのは僕だけではないはず。

自分は会社の歯車でしかない… すり減ったら、交換されて終わり。

そんな話を聞くたびに思います ―― じゃあ、何ならいいの?

歯車とは、動力を直接や間接に受け取って、次のパーツに伝えていくもの。
その機械的で受動的なさまを自分の境遇に重ねてしまうのは仕方がないのかもしれないし、かつては僕もそうでした。
それに比べて優秀な人たちは、たしかに自ら動力を生み出すモーターのように機構組織の中心にいるように見えるかもしれない。
でも、仮にそんな存在になれたとしても、他のパーツと噛み合ってなければ空回りし続けるばかりです。

そしてよく考えてほしい。
モーターどころか歯車ひとつ欠けるだけで、機械は正常に動かないんです。
それを踏まえても、みなさんは自分が会社の歯車だと言えますか?

おそらくどんなに優秀でも、歯車になれている組織人なんていません。
僕の会社だってそうです。
本社のCEOだろうがアジア区域のトップだろうが東京支店長だろうが部門のヘッドだろうが直属のボスだろうが、それこそ僕自身だろうが、突然いなくなったところで、会社は普通に回っていきます、きっと。

歯車でないなら、何なのか?

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もちろん、自ら歯車となって会社を回している人たちもいます。
自営業者やベンチャー企業の創業メンバーなどが、まさにそれです。
彼らは、生み出されるエネルギー会社の仕事量が、歯車自分トルク回転力にかかっていることを知っています。
文字通り、頑張った分だけ返ってくるわけですが… 一方で、何らかの理由で歯車が欠ければ、機械会社は止まります。
結局、安定を求めると、経営理念や社内規程、組織構造、社内インフラ、各事業部門といった仕組みに歯車としての役割を引き継いでいくわけです。

では、会社における“人”の立ち位置は、一体何なのか?
僕が思うに、歯車を動かす燃料なのではないかと。

今でこそジョブ型雇用という考えが浸透しつつありますが、実態としては配置転換やジョブローテーションを前提とする会社が大半ですし、実際、それで会社は回っています。
何が言いたいかというと、「適材適所の本質は、各歯車を最も効率的に動かすための燃料配分なのではないか」ということです。

純度によって燃焼効率に差があるように、人によって出来不出来があるのは仕方がありません。
混ぜると危険な燃料の組み合わせがある一方、爆発的なエネルギーを生む混合燃料があるように、人にだって相性があります。
それらが歯車ひとつのトルクでなく、全体最適を左右するわけですから、『所詮しょせんは燃料』なんてバカにすることはできないはずです。

歯車は、みんなの力で回っている

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それでも、「燃え尽きたら、そこで終わり。新しい燃料が注がれるだけ」といった虚脱感を感じるなら、ひとつだけ知っておいてほしい。

それは、どんなに微力でも、一人ひとりが確実に、歯車を動かす力になっているということです。

たしかに、あなたがいなくても歯車は回ります。
でも、間違いなくその速度は遅くなる。
そして他の人が代わりに入っても、あなたほど効率が良い適材適所か、他の燃料メンバーとの親和性相性があるかはわからない。
会社を機械仕掛けに見立てるなら、あなたが動かしている歯車は別のパーツに連結しているでしょう。
そのパーツとの摩擦係数に打ち勝って歯車を回すには、ほんの少しかもしれないけど、あなたの力が不可欠なことだってあるかもしれない。

僕たちは、表面的なパフォーマンスで自分や他人を評価しがちです。
誰がノルマの達成率が悪いだったり、どこの部門は利益率が悪いだったり。
管理部にマウントを取る営業部や、上司と部下の板挟みになる中間管理職を揶揄やゆする若手なんかもいるかもしれません。
もしそれらを通じて挫折や空虚さを覚えたり、逆に自尊心を満たしたりしているなら、わずかな回転力の差が生む大きな貢献を、その回転に必要な燃料の価値を、真剣に見直した方がいい。
簡単に代替なんて、できないと思いますよ。

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もちろん、燃料としての純度能力親和性メンバーシップを高めることは重要。
でも今、不完全だからといって、組織の『お荷物』なわけがない。
自分を振り返るとき、あるいは他人を評価するとき、それだけは絶対に意識した方がいい。

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実際のところ、がむしゃらに働いていると、歯車だ何だと考える余裕があるほど社会人生活は甘くないですよね。
少なくとも、スタバのコーヒーよりは苦いんじゃないかな…
まとめると、「仕事に甘さ一息を入れるなら、ダブルトールラテくらいがちょうどいい」。


みなさんはどう思われましたか?
本記事がみなさんのワークハックになれば嬉しいです。

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