見出し画像

マレーネ・ディートリッヒのABC

本の整理をしていたら出てきた。
20代の頃に買ったもので、もう、頁が茶色く変色している。

驚いたことに、一番後ろに、私が書いたメモが挟まれていた。
当時取引のあった会社名入りのメモ用紙に、とてもとても大事なことが書かれていた。
しかも、このメモは、たった今、必要としていた内容なのだ。
共時性を思わずにいられない。
『この本を開けてみよ!』
と導かれたように。

20代の頃、大人っぽいということに憧れていた。
ロングトレンチコートを着たり、ヒールの高い靴を履いたり。
ただし、目と目の間が離れ気味で童顔の私は、なかなか年相応にもみられることがなかった。

目と目が離れているのに大人で、声も低くて、ものすごく脚の綺麗なマレーネ・ディートリッヒのポスターを部屋に飾っていた。
美しい脚を優雅に伸ばして座るディートリッヒが、緑茶色に印刷されているものだった。
大学をサボって、銀幕の映画をひとりで鑑賞するのが好きだった私は、ディートリッヒ、イングリット・バーグマン、ヴィヴィアン・リーのいる世界に浸り切っていた。

「スーパースターの言葉の玉手箱!」
世紀の大女優ディートリッヒが、ABCの音の調べのようにやさしく語りかけるセンシティヴなアフォリズム670項。映画、ファッション、友人、家庭など、人生のあらゆる局面を軽妙に料理してみせます。とくに若い世代に捧げる、スーパー・レディーからの愛のメッセージ。

いくつか、頁の端が折られている。
この文にも納得していたのか。
忘れていた。

words,1  言葉1
言葉は心を、いや精神をも、傷つけ、悲嘆に暮れさせる。ところが、それで黒アザも青アザもできないし、骨が折れてギブスのお世話になることもない。傷つけた犯人が鉄格子の中に入れられることもないのです。


また、ここにも折り目が。

Calvados  カルヴァドス
朝、眠気ざましの一杯にいい万能薬。

イングリット・バーグマン主演の「凱旋門」のシーンに登場したお酒。
林檎を原料とする蒸留酒。ノルマンディー地方で造られたものがカルヴァドス。
森瑤子の小説にも「カルバドスの女」というものがあった。
「カルバドスを飲みながら、ヘミングウェイの『海流の島々』について語り合いたい方、ご連絡ください」という記事を、「彼」がある雑誌の記事の中に見つける。

今なら、りんごのブランデーね、などと言ってしまいそうなものが、若い頃には良い響きだったのかも知れない。

accordion アコーディオン
私の好きな音色。たぶん、耳がそれをフランスと結びつけてくれるからでしょう。


実生活では気さくな、やさしい「ハウスフラウ」(主婦、オカミサン、おばさん)だったという、ディートリッヒ。
その二面性も魅力的だと思っていた。

あとがきの中の言葉がそのままである。
実直なイメージだ。

それでもなお、彼女の言葉からは、時代をこえた真実がこぼれ落ちてくるように思われる。時代によって欺れることのない生き方の真実。わが国の、私たち自身のおばさんたちとも響きあう真実。
そんな真実を、たぶん私たちは智慧(wisdom)と呼ぶのだろう。
そう、本書は、いわば西欧版「おばあさんの智恵袋」なのだ。


ベルリン生まれのディートリッヒは、軍人的な家庭で厳しく育てられ、バイオリニストを目指していたらしい。
しかし、デビュー前に手首を傷めて断念したのだという。

そこで、マックス・ラインハルトの演劇学校へ。
そこでオーストリア生まれの映画監督スタンバーグに見出されて、ハリウッドへ。
女優への道へ導かれているのだ。
何かがあるときは、次の道へのステップであることが多いというのは本当だ。









この記事が参加している募集

#読書感想文

188,902件

書くこと、描くことを続けていきたいと思います。