こちら、光学設計部_第一回【LUMIX S PRO 50mm F1.4】
皆さん、こんにちは。
LUMIXのレンズについて深掘りしていく連載、「こちら、光学設計部」です。
「こちら、光学設計部」では、私たち光学設計部がレンズ設計の解説や特徴について、カタログやwebサイトでは読めないこだわりや想いについて紹介していきます。
これからレンズを検討される方には、ぜひLUMIXのレンズの設計思想を知って頂き、既にお持ちの方は、撮影で楽しんで頂いている優れた描写の裏側にある、知られざるこだわりや思いをお楽しみください。
開発者による専門用語が飛び交うレンズ解説記事です。読めばあなたもレンズ沼の深淵を覗くことに。
第一回目は「LUMIX S PRO 50mm F1.4」、担当は鈴木です。
LUMIXのマスターレンズを作る
2019年、当社初の35 mmフルサイズイメージセンサー搭載ミラーレス一眼カメラ「DC-S1R(以下S1R)」「DC-S1」の2機種を発売するにあたり、レンズの第一弾としては「LUMIX S 24-105mm F4 MACRO O.I.S.」「LUMIX S PRO 70-200mm F4 O.I.S.」「LUMIX S PRO 50mm F1.4(以下、50mmF1.4)」の3本が発売されました。
その中でも50mmF1.4の光学設計へのミッションは「LUMIX フルサイズシステムのマスターレンズ」を実現することでした。
マスターレンズは、このレンズを通してボディの画質設計なども決めていくための基準となるレンズです。
そこでまず筆者は何をもって基準とするのか?というところから考え始めました。
マスターレンズのあるべき姿
LUMIXのマスターレンズとは「撮影者が見た情景を忠実に描写する」であると定義し、設計のイメージを固めていき、筆者が考えた重要な指標は以下の3つでした。
この3点の指標を達成することで、LUMIXのマスターレンズは完成すると考えました。
妥協なき画質の為に~解像性能~
解像性能について、S1シリーズ本体が主にプロをターゲットにしており、カメラだけでなくレンズ含めて妥協のない最高画質を実現する必要がありました。
そのため、過去当社で開発してきたマイクロフォーサーズだけではなく、現存する標準域の大口径レンズを含めた過去最高の解像性能を実現することを目標にし、様々なレンズで撮り比べ、プロカメラマンから意見もいただきながら、開発を進めていきました。
この検討の中で特にハードルの高かった高周波成分について、50mmF1.4と同時に開発が進んでいたS1Rでは、ボディ内手ブレ補正(B.I.S.)の機構を活かして、センサーをシフトさせながら8回連続で自動撮影を行い、カメラ内で自動合成処理を行うハイレゾモードの搭載が検討されており、最大約187M相当の高解像写真に見合う解像性能を実現する必要がありました。
その約187M画素に見合う解像性能というと、通常撮影時と比較してより高周波数でのMTFをいかに確保するかということが重要になってきます。
この高周波数のMTFを確保するために重要なキーパーツとなってくるのが非球面レンズです。非球面レンズは収差補正において非常に効果的なのですが、あまり依存しすぎると形状誤差感度が高くなりすぎてしまい、モノづくりにおいて、個体ごとの性能ばらつきを生じさせてしまいかねない諸刃の剣という性質をもちます。
50mmF1.4の設計ではその非球面レンズの効果を最大限に活用するため、設計性能とモノづくりのバランスを極限まで追い求めました。そのために非球面レンズのモノづくりを長年支えている山形工場の非球面部隊と白熱した議論を繰り返しました。
実は設計ももう終盤、この設計解でいこうと決めていたときは、非球面配置が前玉から数えて3番目に配置されていました。
目指す描写を実現するための最重要部品と言っても過言ではない程のキーパーツなのですが、山形工場の非球面部隊とすり合わせした結果、最も設計性能とモノづくりのバランスがとれる配置は被写体側から数えて4枚目であるという設計解にたどり着くことができました。
土壇場の変更となりましたが、開発陣一同納得のいく描写を実現したいという強い思いから、なんとか設計変更を間に合わせることができました。
その結果、評価する際にもカタログMTFで公開している30lp/mmだけでなく、ハイレゾモードに耐えうるべくさらに高周波数まで性能が確保でき、基準レンズとしてふさわしい解像性能を実現することができました。
ボケ表現の追究
これまでマイクロフォーサーズのレンズ設計で培ったボケに対する知見はありましたが、改めてこのボケ表現を一から考え直すため、様々なレンズ、特に大口径単焦点レンズの実写評価を実施しました。
その結果、やはり後ボケ(ピント位置より後ろのボケ)を柔らかくすると、前ボケ(ピント位置より手前のボケ)が硬くなり、その逆もしかりということで、マスターレンズとしては、後ボケも前ボケもクセがないフラットなクセのないボケを目指しました。
ボケとしては後ボケの方が撮影される機会が多いため、後ボケを重視すべきではないかという議論もありましたが、後ボケの柔らかさを優先した光学設計とすると前述の解像性能とトレードオフになること、マスターレンズとして無収差に近い描写を目指すべきと判断し、フラットなボケを目指すことになりました。
また、主被写体から距離的に大きく離れた物体からなる玉ボケのような大きなボケから、ピントのあった主被写体から連続的にボケていく小さなボケまで、綿密に収差補正(特にレンズ周辺を通過する部分)しながら光学設計を進めていきました。
その結果、フラットで素直なボケが実現できており、高い解像性能と相まって、被写体を際立たせる立体感のある表現が可能となっています。
忠実な再現の為に~色収差の抑制~
マスターレンズとして被写体の色を忠実に再現するため、色収差を極限まで抑えました。
色収差を考えたときに、一般的な軸上色収差、倍率色収差という捉え方だけでなく、水面反射など高輝度の物体や木陰など明暗の輝度差が大きい場合に目立ちやすいパープルフリンジなどの偽色から、ピントが合った面だけではなくボケの着色など、徹底的にケアして光学設計を進めました。
特に硝材の部分分散比という、短波長側の異常分散性を表すパラメータについては徹底的にこだわって硝材を選んでいます。
硝材選びは初期の設計段階で様々な硝材メーカー含む全ての硝材を網羅し、まずは机上計算でアタリをつけて候補を選定し、色収差が完璧に補正された状態をベースの設計解として、具体的な詳細設計を実施しています。
このような手順を踏むことで、設計が進んでから場当たり的に色収差を補正することで生じる、高次の収差含む諸収差への副作用がなく、色収差を極限まで抑えることができています。
また、一部硝材はアッベ数のばらつきを極限まで抑えた特注仕様とすることで、製造ばらつきを抑えております。
筆者としては、せっかく良い写真が撮れたなと思っても、よく見ると水遊びする子供の髪にしたたる水玉に着色があったりすると、もう少し絞った方が良かったかなと後悔してしまうのですが、この50mmF1.4は開放からでも色収差が抑えられているので、臆せず開放の描写を楽しむことができます。
渾身の一本
これ以外にも、有限距離における像面性のコントロール、球面収差やコマ収差などに分類されないような横収差の細部におよぶ徹底的な収差補正、などの光学設計のこだわり、また、新規調整工法開発、新規検査手法開発などの調整・検査のこだわりなどなど、マスターレンズにふさわしい性能に仕上げた渾身の一本となっています。
また、設計着手する前に半年以上かけて自社他社含めて一眼レフ/ミラーレス含めて現存する大口径レンズすべての描写を研究し、目指す描写を練り上げたので、通常の開発期間より大幅に時間をかけています。設計解としては200を超えるパターンを設計し、開発陣一同納得のいく描写を実現できたと考えています。
最後に
LUMIX Sシリーズのマスターレンズ 50mmF1.4の光学設計についての解説でした。
既に本レンズをお持ちの方は、今一度本稿で紹介いたしましたボケや色収差について撮影されるときに注意してみていただけたら幸いです。
また、本レンズをお持ちでない方も、ぜひ一度このレンズをお試し下さい。
LUMIXのマスターレンズとしての描写を体感いただければと思います。
今後もLUMIXのこだわりが詰まったレンズを紹介していきます。
まだまだ語りたいレンズはたくさんあります!次回もお楽しみに!
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