こちら、光学設計部_第七回【LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6】
皆さん、こんにちは。
LUMIXのレンズについて深掘りしていく連載、「こちら、光学設計部」です。
「こちら、光学設計部」では、私たち光学設計部がレンズ設計の解説や特徴について、カタログやWebサイトでは読めないこだわりや想いについて紹介していきます。
これからレンズを検討される方には、ぜひLUMIXのレンズの設計思想を知っていただき、既にお持ちの方は、撮影で楽しんでいただいている優れた描写の裏側にある、知られざるこだわりや思いをお楽しみください。
開発者による専門用語が飛び交うレンズ解説記事です。
読めばあなたもレンズ沼の深淵を覗くことに。
第七回目は、LUMIX S5シリーズやLUMIX S9のキットレンズである「LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6」、担当は工藤です。
はじめに
2020年、当社フルサイズミラーレスカメラのハイエンドモデル「LUMIX S1」の魅力を凝縮し、よりコンパクトなサイズ感を目指したモデルとして「LUMIX S5(以下、S5)」が発売されました。
LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6は、S5のサイズに合う小型でお求めやすい標準ズームとして開発したSレンズ(※1)であり、当時の標準ズームとしては業界初となる「超広角20mmスタートの3倍ズーム」であることが大きな特徴です。
軽量でコンパクトなサイズ感で、超広角20mmから標準域60mmまでをカバーしており、広角端では鏡筒先端から約5cmまで寄って撮影することが可能です。
そのため、遠近感を強調した風景撮影はもちろん、日常的なスナップ撮影やテーブルフォトなど、幅広いシーンでお使いいただけます。
本稿では、LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6の特長である次の4点について、光学設計的なポイントを少し交えながら解説いたします。
20mmスタートの新標準ズームレンズ
標準ズームレンズといえば、一眼レフ時代より(35mm判換算焦点距離で)24mmや28mmスタートのレンズが一般的でした。
しかし、自撮りやVlog撮影の普及、スマートフォンカメラの広角化、さらに撮影後にトリミングして利用する機会が増えていることなどの背景から、これまでの主流である24mmでは物足りないと感じるシーンが多く、それ以下の超広角域が求められていることが市場調査により明らかになりました。
そこで、時代のニーズに応える新標準ズームの理想形として企画されたのが、「超広角20mmから標準域までをカバーする小型ズームレンズ」です。
広角端焦点距離が16mmまでいくと遠近感が強調され過ぎ、常用する画角としては広すぎます。その点、20mmであれば遠近感が強調され過ぎるという違和感もそれほど大きくなく、パースを生かした撮影が可能な焦点距離になります。
しかしそれでも、一般的な広角端焦点距離24mmと比べると画角で約10度もの差があり、それだけ広い範囲の光を取り込む必要が有ります。広角端の画角差10度は、望遠端焦点距離70mmと60mmの差(約6度)よりも大きく、20mm~60mmという焦点距離と小型化の両立は設計上の大きな障壁になりました。
この課題を解決した光学設計上の大きなポイントは、「大きなマウント開口とショートフランジバック」を生かした「第1群が正の焦点距離を持つ光学タイプ」の導出です。
下図は、LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6のレンズ構成図です。
正負正負正の5群ズーム構成とすることで、広角端~望遠端にかけて絞りを中心に左右対称な構成をとることができ、ズーム全域で諸収差を良好に補正することが可能となります。
さらに、ズーミング時に第1群が移動することによって、小型を維持しつつズーム比を高くすることもできました。また、正のパワーを持つレンズを最初に配置することで、広角端での歪曲収差も抑制しています。
このレンズ構成を実現できたのは、LマウントのΦ51.6mmという大きなマウント開口とショートフランジバック20mmの恩恵が非常に大きいです。
ズーム全域で高い描写性能
キットレンズではありますが、LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6はズーム全域での描写性能にもこだわっています。
前述のレンズ構成図の通り、5群構成として各群のパワー配置を最適化することで、ズーミング時に発生する諸収差を抑制しています。さらに、非球面レンズ2枚、EDレンズ(※2)3枚、高屈折率のUHRレンズ(※3)1枚を最適に配置することで、球面収差、色収差、像面湾曲を抑制しており、ズーム全域で優れた描写性能を実現しています。
さらにモノづくりの面でも、これまで以上の部品精度を追求すると共に、最適な光学調整を導入しています。部品精度が上がればそれだけ光学設計の自由度もあがるため、モノづくりと設計は密接な関係にあります。
小型化によって求められる寸法精度も厳しくなりますが、誤差数μm以下という厳しい寸法精度を実現しました。
下図は、LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6のMTFチャートです。前述のとおり、光学設計と機構設計のアプローチにより、超広角20mm始まりの3倍ズームにも関わらず、広角端、望遠端とも画面周辺まで高い解像性能を実現できました。
下記の写真は開放F値で撮影した画像ですが、ビルの模様までしっかりと解像しています。キットレンズだからと侮らず、是非とも描写力にも注目してみてください。
表現の幅を広げる、最短撮影距離15cm
次に、最短撮影距離についてです。鏡筒の小型化と最短撮影距離の短縮は使い勝手の良さに直結すると考えており、鏡筒サイズを維持したまま、できるだけ寄れるようにしています。
LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6の最短撮影距離は、広角端で約15cm、望遠端で約40cmとなります。最短撮影距離の定義は被写体から撮像面までの距離ですので、被写体からレンズ先端の距離で言い換えると、広角端は最短で約5cmまで寄れるということになります。
最短撮影距離を短くするには、フォーカスレンズ群と最終レンズ群の間隔を開けることで、フォーカスストロークを確保する必要があります。望遠端は鏡筒サイズの制約からこれ以上の短縮が難しかったのですが、広角端付近はできる限りフォーカスストロークを確保するようにし、最短撮影距離の短縮を実現しています。
最短撮影距離が15cmとなるのは焦点距離20mmから26mmまでの区間で、26mm時に最大撮影倍率0.43倍での撮影が可能です。広角端で寄れるようになったことで、被写体にクローズアップしつつ背景を取り入れた写真など、より自由な構図での撮影が楽しめます。
また、最短撮影距離での撮影を想定した場合、最も被写体側のレンズの表面が被写体やその付近にある物に接触して汚れてしまうことが考えられます。この汚れ付着を防ぐために、最も被写体側のレンズの表面にはフッ素コーティングを施しており、汚れの付着を防ぐとともに、付着した汚れを簡単に落とせるようにしています。
さらに、Sレンズ共通ではありますが、防塵・防滴・耐低温仕様となっております。特にAF性能とズームトラッキング性能については、低温や高温での性能がより厳密に常温と同じであることが求められるため、LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6は温度センサーをレンズ内に装着し、温度変化を検知してフォーカス移動量に補正を加えることで、温度によるフォーカス位置の変化を防いでいます。
そのため、水際や山頂など様々なシーンで安心してお使いいただけます。
ブリージングにもこだわった高い動画性能
LUMIXは、静止画だけでなく動画にも挑戦する多種多様なクリエイターのかけがえのないパートナーとして、最高の作品づくりにお役立ちできるブランドを目指して、商品づくりをしています。
動画性能としてレンズに求められる機能の一つが、ブリージングの抑制です。
ブリージングとは、ピント送り時に発生する画角の変化のことです。映像表現の一つとして、手前の被写体と奥の被写体でピント送りをするシーンがよくありますが、ブリージングが大きいと構図まで変化してしまい、本来映したい映像とは違った表現になってしまいます。
ブリージングを抑えるには、フォーカスレンズ群に入射する光線角度を制限する必要があります。LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6は各群パワーの最適化を行うことでこれを実現し、光学系全体の諸収差を良好に補正しつつ、ブリージングを抑制しています。
また、動画撮影中のフォーカス及び絞りユニットの静音化にも取り組んでおります。フォーカスは高精度マイクロステップ制御と滑らかな加減速プロファイルを用いてステッピングモーターを駆動しており、快適に動画撮影が楽しめる静音性を実現しています。
さらに、Sレンズ共通で、F値変化の制御やMF操作性にもこだわっています。
前述の高精度マイクロステップ制御は絞りにも導入しており、動画撮影時の被写体の輝度変化が大きいシーンやパンニング時でも、絞り駆動(F値変化)が滑らかになるよう制御しています。そのため、動画撮影時における画面の離散的な露出変化が少なく、品位の高い動画撮影が可能となります。
MFリングはカメラ本体メニューからノンリニア4/リニア5の切り替えが可能となっており、静止画・動画それぞれの用途に応じて使い分けが可能です。こちらについては、第五回【LUMIX S F1.8シリーズ】で詳細を説明しておりますので、是非そちらもご覧ください。
最後に
以上が、LUMIX S 20-60mm F3.5-5.6についての解説となります。本製品を既にお持ちの方は、是非描写力にも注目していただけると嬉しいです。
また、本製品をお持ちでない方も、本稿がレンズ選びの参考となりましたら幸いです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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