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不器用な気遣い

2020.7.8

家の近くにはいくつか商店街があり、古くからの喫茶店や新しいカフェが隣接している。今は彼も私も在宅勤務で、狭い都内の家でずっと仕事をしているのは、なんだか精神的にも疲れてくる。

ちょっと気分転換にカフェで作業しよう、そう思い、PCやらノートやらを鞄に詰めて、少しの間居座れそうなカフェを探しにぶらりと歩いていると、紅茶と手作りのお菓子が美味しそうなカフェを発見した。温かみのある雰囲気の外観。中に入ると、綺麗好きなお母さんが実家のリビングで迎えてくれているようなくつろげる空間があった。

「この紅茶と、シフォンケーキをお願いします。」「わかりました。」
とりあえず、おすすめと書いてある紅茶と、目に留まったシフォンケーキを注文する。何だかさっぱりとした感じの店員さんだな、そう思いながら、平日だし人も少なかったので、PCを広げてみる。

少し経ってから、さっきの店員さんが、恐る恐る近づいてくるのが、彼越しに見える。あっ、やっぱりPCを出すのは迷惑かな、そう思い閉じようとすると、「あちらにPCのコンセントをさす場所があるので、よかったら使ってくださいね。」と言う。
注意をされると思っていたが、まさかコンセントを使っていいとは、なんて寛容なんだ。

それから程なくして、紅茶とケーキが運ばれてきた。PCを広げていても、十分な机の広さではあったが、「よかったら、こっちのテーブルも使います?」と声を掛けてくれる。ここの店員さん、気遣いがすごいなと感心しながらも、その様子は至って終始淡々とした雰囲気で真顔なのだ。

かれこれ2時間くらい滞在させてもらい、「ありがとうございました、美味しかったです。」と言ってカフェを出ようとすると、「また、是非来てくださいね。」と言われた。
「またお待ちしております。」なんてチェーン店でもカフェでもどんなレストランでも聞く事のできるマニュアル化された定型文句だが、その時の「また、来てくださいね。」というのは、心から言ってくれているように感じた。いや、私が勝手にそう捉えただけかもしれないが、普段なら「またお待ちしております。」なんて言われても、言われていることすら心に残らないものだから、耳に残ったということは何かしら感じるものがあったのではないかと思う。

なんだか気持ちのいいカフェだったね、そう彼と話しながら店を出た。ちょっと近くの八百屋さんへ寄ってから帰ろうということになり、カフェから離れ、自宅への帰路とは真逆の方へ向かう。
さくらんぼとズッキーニを買い、帰ろうとすると彼が、「あれ、マスクなくした」と言うのだ。
「あっ、ほんとだね。気付かなかった。」
きっとカフェに置いていってしまったんだろうけど、このご時世だから、きっと捨てられてるよね、お互いそう言いながら、彼は勿体なさそうな顔をする。
使い捨てのものではなく、繰り返し洗えるものを使用していたためだ。「まあ、しょうがないよ。」そう私は言いながら、先ほどのカフェの前を通り過ぎようとしたところ、ちょうどタイミングよく、店員さんが慌てて、外に出てきた。「お客様、マスクお忘れですよ。」と微笑みながら、ご丁寧にキレイなビニール袋に入れられたマスクを手渡される。

すごいタイミングだった、そう思ったが、きっと私たちが通るのを窓越しに見てくれていたのではないかと思う。他人のつけていたマスクだし、処分してくれていいものを、わざわざ袋に入れて、待っていてくれたのだ。なんという気遣いだろう。

「またここ、来たいね。」ごく自然に二人ともそう思った。人と触れて、久々に温かい気持ちになった。
例え、このカフェの隣にどんな話題店ができたとしても私たちはここを選ぶだろう。

今絶賛ダイエット中だが、今度はケーキを分けるのではなく、1人一つ注文しよう。
カロリーと引き換えにささやかな貢献をしたいと思った。

✳︎冒頭の写真はイメージです。

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