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あったかいうちに

小さい頃の記憶がある。母親と料理を作った記憶である。

家族と暮らしていた頃、特に子どものころ、びっくりするほど手伝いをしたことがない。

おそらく、手出しをされたら予定や段取りを崩されて、手間が増えてしまうという理由で、母がやらせなかったのだと思う。そんな話を昔にしていた。それでも、数回、母と一緒に台所に立った記憶がある。


4人家族で住むには、少々狭い、三階建ての二世帯だった。古い家だったが、3階を我々家族のために改装してきれいにした。2階は父方の祖父母が亡くなるまで住んでいた。


もちろん台所も狭かった気がしている。二人で立って、ぎちぎちだった。何を作ったか覚えてはいない。作りたい、と私が言ったのか、母からの提案か忘れてしまったが、ぎちぎちと狭い中で作ったことは、楽しかったことだけ覚えている。

そこで母親が言ったことが、忘れられない。作った料理を、二人で食べながら、母はこう言った。「ご飯はあったかいうちに食べて欲しいって思うでしょう」

その当時は、ふうん、そういうものか、と生意気に思った。もっと母親に寄り添った考えの一つでもすればいいのに、はすっぱにそう思っていた。

しかし、今この言葉を思い出すと、胸の奥がギューっとなる。常に、そう思いながら料理を作る母親の気持ち、それを娘に伝えること、伝えた母の気持ち、全てが懐かしくて、切ない。

その言葉自体が愛に違いなかった。それなのに、その当時はそれに気づけなかった。全て過去の思い出となってしまった。

いまわたしは独身で、特に作ってあげる相手も、あたたかいうちに食べて欲しい相手もいない。

狭いあの実家も無くなり、いまは家族ちりぢりで暮らしている。全部が全部、思い出の中にそっとしまわれている。

それでも、料理を作るたびに母の言葉を、取り出す。あったかいうちに食べて欲しい。はーい、と小さく胸の内で返事して、自分の手料理を食べる。

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