タイ映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」はスリリング好きの人にオススメします
アマプラで無料視聴できます、タイの映画「バッド・ジーニアス危険な天才たち」。前評判も高かったので楽しみにしてました。
これはスリリングな展開が3度の飯よりも好き!という刺激ウォンチューの方にはオススメしますが、私のような心を平穏に保ちたいタイプにはハラハラドキドキしっぱなしの心臓に悪い2時間になるかも。2018年公開。
頭脳明晰で成績オールAのリンは奨学金がもらえる特待生の中でも特別待遇で進学校に転入してきた。決して裕福とは言えない父子家庭で育った彼女は新しい学校で天真爛漫で美人のグレースと仲良くなる。
彼女は学校の成績は今ひとつ、そんなグレースを試験中カンニングという形で助けたリンの噂は瞬く間に広がり、報酬と引き換えに成績がヤバい生徒たちのカンニングを請け負う事になる。
やがてグレースたちは世界各国で行われる大学統一入試(STIC)でのカンニングをリンに依頼。リンとは因縁の相手であるバンクを巻き込んで壮大なカンニング計画が始まるのだった。
最初のカットは、リンがカンニングを疑われて誰かから事情を聞かれているところから始まる。その姿は鏡越しに幾重にも重ねられていて、まるでリンが何者であるのかを問いかけるような印象的なシーンだ。
持つものは持たざるものよりも幸せなのか
リンは父子家庭。おそらく母親から離婚を言い渡された父親は、貧しいながらも教師として娘の才能を誰よりも誇らしく感じていた。
そんなリンは入学早々親しげに話しかけてくれたグレースを一度だけ助けたことから、グレースの彼氏たちから報酬付きのカンニングを持ちかけられる。
友情からきた純粋な気持ちをそんなふうに受け取られたことに戸惑うリンだったが、提示されたお金につい気持ちが揺らぐ。と同時に、バレないカンニング方法を思いついてしまい、それを思わず提案してしまう。
リンがカンニングに加担していく様子には、彼女の経済状況が大きく関わっている。そしてそれに群がるのは経済的には恵まれているものの、成績不振に喘ぎ、進級を焦る生徒たち。それはリンが唯一心を許せた相手グレースも同様で、ここに「持つ者」と「持たざる者」の格差が描かれている。それはお金ばかりではない。
裕福なものは勉強が苦手で成績が悪い、そして経済的に恵まれないものは頭脳明晰で成績優秀、特待生という立場だ。それをどう感じるのか、そしてその差をどう埋めるのか、もともと埋める必要などあるのか。
リンが経済的に少しゆとりが出て来たところで父親に洋服を買うシーンがある。無邪気に喜ぶ父親の姿を見て、お金を持つことの優越感と慣れを感じたはずだ。実際、やり遂げた後の彼女は堂々とした風格すら漂うようになる。自信とお金、これを持つことの幸せと怖さを同時に味わったはずのリン。それは常に罪悪感と隣り合わせだ。
それはただの親しみか
一方、リンと同じく成績優秀頭脳明晰にして、小さなクリーニング屋を営む母子家庭に育ったバンクも苦学生だが、真っ当な道で母親共々楽になる道をコツコツと登っていこうとしている。
2人の出会いはともに特待生の学校代表という立場。究極に緊張し、気分が悪くなっているバンクを何かと世話をやくリン。
自信をまとったリンの目に、緊張でガチガチになっているバンクはどう写っただろうか。そこに淡い恋心が見え隠れしたように見えたのはきっと、2人が同じ境遇であることが大きく影響しているだろう。親しみ以上の感情がリンに芽生えた瞬間であるように見えた。
リンはカンニングを重ね預金通帳の数字を増やすたびに、自分が富から操られているような居心地の悪さを感じていたはずだ。何にも汚されていないように見えるバンクはリンの目にことさら眩しく写ったのではないか。
そのバンクの正義感が招いた事件により、リンは窮地に立たされてしまうのだが、それはラストの一大スキャンダルへの布石になっていく。「正しいこと」はますますリンを間違った方向へと導いてしまうのだ。
その果てに歪んだ形で手を組むことになった2人を待ち受けるものは成功か失敗か。
これは中国で実際に起こった学生による集団不正入試事件をモチーフにしているようで、そのスキャンダラスな出来事をスリリングな展開でスタイリッシュに演出し、見るものを飽きさせない。
個人的には、やや刺激過多の印象だが2時間をあっという間に感じさせる緊張感に満ちた作品だ。
正義とは一体何か
何度も突きつけられるのは「正義とは何か」ということ。
今やSNSやネットでにわか正義感が横行する時代だけれど、この作品でもリンとバンクは「お金と頭脳、持っているものがもう片方のために生かすことの何がいけないのか」という理屈のもとに展開していく。
もちろん「カンニングは違法」「普通に勉強を教えてあげればいい」ことは重々承知だし、そんなことは誰もがわかっている。ただこの作品においては「お願い、見つからないで」という瞬間が何度も訪れ、見ている側が思わず不正している側に気持ちを入れてしまうのは、そこに至るリンとバンクのストーリーが同情を誘うものだったからだろう。
2人はその頭脳を生かして、進学校の特待生という境遇を勝ち得ている。それでもなお暮らし向きは決して豊かではなく、何とか自分の才能を生かして道を切り開こうとしている。お金があればしなくてもいい苦労、これを強いられているのがリンとバンク。
そこに「お互いWinWinなんだから正しい」という歪んだ価値観が入り込んでしまったらなかなか抜け出すのは難しいだろう。
何度も戻れる瞬間はあるのだけれど、その度に提示される「正しさ」はリンを引き戻すどころからますます覚醒へと導いてしまう。
それはバンクへも多大な影響を及ぼしていくのだ。
リンは信じていた正しさを、大人たちに否定されればされるほど硬く、強くしていく。怒りや理不尽な境遇のやりきれなさ。彼女のフラストレーションが痛いほどに伝わってくる。
直後よりもじわじわと寝かせて湧いてくる余韻
結末はぜひ観て感じて欲しいのだけれど、散々応援していた気持ちが気まずく胸に残るかのようなラストが用意されている。
結局は間違った正義に踊らされ得たものは、自分を幸せになどしてくれない。リンは今度こそ「正しい」の意味を知ることになる。
結局は「自分次第」、振り回されてきた自分の姿を思い返すとリンは2度と後悔しないように生きるだけだと決意を新たにする。
正直、観終わった瞬間は「自分が始めたことなのに何かワガママなラストだったな」とモヤモヤしていたのだけれど、考えてみると「こういうことはダメなんですよ」と当たり前に口にすることを逆説的に効果的に教えてくれる作品だったのだと思う。
正しさに囚われていると、肝心な言葉を聞き逃すしそもそも耳に入ってこない。結局は自分で考え、感じるしか納得する方法などないのだろうけれど、この作品を通して一度、自分の「正しさ」について見直すのもいいかもしれない。
その発言、その考え、その正義、もしかして間違っていないだろうか。
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