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映画「空白」 その赦しは誰のためか。

映画「空白」を観た。

本日、偶然にも蒲郡に行っていたのだけれど、この映画の舞台となったのが愛知県蒲郡市だった。とある万引き未遂事件から引き起こされた交通事故をきっかけに、人生を狂わされた人々の狂乱の日々を綴る。

【ストーリー】両親から引き継ぐ形で、スーパーあおやぎの店長として働く直人(松坂桃李)。ある日、化粧品を万引きしようとする少女添田花音を捕まえるが、店の裏で話を聞こうとするも逃げられてしまう。店外まで追いかける直人の目の前で何と少女は多重事故に遭い即死。その日から父親である充(古田新太)は、一人娘の万引きを信じることができず、本当のことを知りたいと周囲の人間を執拗に追い回すようになる。

冒頭のシーン、先生にいつもの要領の悪さを諭され叱責されている花音の姿が映し出される。母親とは一緒に暮らしておらず、その母親には新しい家族がいることも察せられる。そして一方、漁師として手際よく仕事をする花音の父親充は、腕はいいが気性の荒い一面をもつ無骨な男であることが描写される。

非常に対照的な父と娘。父は思春期である娘とどう接していいのかわからず、頭ごなしに何でも決めつけるような態度を取っていた。

事故の知らせを聞いた充は、変わり果てた娘の姿に怒りの矛先を彷徨わせ、当然それは事故の原因となったスーパーの店長直人へと向く。

万引き、しかも化粧っけのないおとなしい娘がマニキュアを盗んだとは到底思えず、直人への疑念を払拭できない充は、学校でいじめに遭って万引きをさせられたのではないかと教師にも因縁をつける。

怒りたけり、全ての人間にいちゃもんをつけているような充の姿は、ある種異様ではあるのだけれど、一人娘を失った無力感と、それに加えて自分がこれまで娘のことをしっかり見ていなかった、もしかして知らない娘の顔があったのではないか、という迷いも手伝ってさらにヒートアップしていく。

それに対し、何か他人事のようで、熱量を感じさせない直人の姿。逆に日頃から直人のことを気にかけ、ボランティアなどにも精を出し自分の生きる意味を模索し続けているスーパーの店員草加部(寺島しのぶ)はしつこいくらいに、直人に「あなたは悪くない。ちゃんと説明しないと」と励まし続ける。

直人の周囲は直人のためを思い、正しいことをしていればいつかわかってもらえる、と直人にとっては今は無意味でしかない正論を並べ立て、逆に直人を追い詰めていく。

直人は何を言われようとも、何をされようとも、謝罪する以外の方法は思い浮かばない。そしてそれを突っぱね、真実を教えろ、と自分の望む形の許しを模索し続ける充。平行線の2人のことを、ただ面白おかしく取り上げるだけだったメディアは、かき回すだけかき回して、やがては消えていく。

行き場のない直人と充の2人だけが当事者として残り、挙句にたどり着いた先には一体何が残るのか。

人が窮地に陥った時、どんなふうに周囲の景色が見えるものなのか。
そして赦しというものは、被害者にとっても加害者にとっても重く、容易に答えの出ない永遠の課題なのではないか、そんなふうに思う。

万引きに悩まされ、怒りも正義感も人並みに持っていた直人は、それ全てがひっくり返される事件に突然、当事者として巻き込まれた。何をしても、どう生きても、全く出口の見えない苦悩に、フタをし続けた怒りがふとした瞬間爆発したとき、一番その怒りが向かったのは自分自身にだった。
ただ充も苦しかった。味方だと思っていた仲間がみんな敵に思えてくる、元妻から指摘されたことは思い当たることも多く、それを認めたら何もかもが崩れて終わってしまうと必死で自分を保とうとする。それは怒りでしか支えることができないほどの無力感。

このタイトルにもある「空白」の意味をずっと考えていた。

充は娘のことを知ろうと徐々に心が解けた時、娘が好きで黙々と取り組んでいた絵を始めるのだが、娘の写真を見ながら描いた少女の絵は瞳のところだけ色もなく真っ白だった。絵心もなく、ずっと娘の顔を真正面から見て話していなかった父親は、娘の写真を見ながらでも娘の顔を描けない。そこに父親としての空っぽな心情が伺えた。
また、娘が万引きしたと言われているマニキュアの色は透明。同級生からは存在感がないと言われ、教師からは熱量が感じられないと指摘され、それでも飾りたいと思った指先で、花音が掴みたいものは何だったのか。

人は人の弱さに群がる。そうして自分の強さを、正しさを認識する。
その弱さは誰もが抱える「空っぽ」な部分で、それを必死で埋めようと、人は自分を、他人を追い詰めてしまう。

ただただ許しだけを請う日々を送る直人を松坂桃李が淡々と、そして時に激しく演じていて秀逸。言わずもがなで古田新太は無骨な父親がよく似合うし、直人への境界の曖昧な好意に突き動かされて自分の正しさを押し付ける孤独な女を、寺島しのぶが鬱陶しく見せてとてもうまい。
好意や親切や正義という言葉に隠された人間の業を、実力派揃いの役者がそれぞれリアルに演じきった、非常に人間臭い映画になっていた。

監督は後味が強烈だった「ヒメアノ〜ル」を撮られた吉田恵輔さん。なるほど、人間模様が絶妙に折り重なって、素晴らしい映画に仕上がっている。

※画像、公式サイトよりお借りしました。



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