バンクシーの正体を探れ

正体不明のアーティスト、バンクシー。

今名古屋で「バンクシー展」が開催されていることもあってか、先日NHKの「ドュランドへようこそ」と言う番組でフランス製作の「BANKSY MOST WANTED」を取り上げていた。

世界的な話題となった彼の作品が出品されたサザビーズの絵画裁断事件。

サザビーズのオークションの目玉だったバンクシーの絵画が予想額を大きく上回る価格(約1.5億円)で落札された瞬間、額縁に内蔵された装置が起動して絵がシュレッダーにかけられてしまった。
どうやら会場に落札の瞬間を狙って裁断の起動ボタンを押した者がいたらしい。それが真実か、本人だったのか否か、いまだにわかっていない。

芸術家の意図しないところでどんどん値が釣り上がっていき投資目的の側面も持つ現代アート世界(それを後押しするオークション)への痛烈な批判と見る向きがほとんどだ。

バンクシーと言うアーティストはいつでも神出鬼没で、新作を発表する時間と場所は全くわかっていない。気づくと突然そこにあり、しかもそれは陽の高いうちに描かれているらしいのだ。

彼は街に溶け込む術を知っている。
そこにいてもおかしくない格好をして、何気なくそこにいる。だから人々の記憶に残らない。そして外見はごく平凡で記憶に残りづらいと言う証言もある。

ただ正体不明のアーティスト、と言う肩書きを聞いて知りたい欲求を刺激される人は少なからずいる。そこで執拗に追いかけるもの、分析するもの、様々な検証が試みられて、たびたび話題にのぼる。

あるジャーナリスト志望のブロガーは「バンド、マッシブアタックのロバート・デル・ナジャ」だと主張し(本人は否定)、それとは別に「バーチャルバンド、ゴリラズの創始者ジェイミー・ヒューレット」だと主張するものも現れ、それぞれにライブスケジュールや思想の類似点などを細かくつけ合わせてその証拠も公表している。ただし、そこには矛盾も生じているため、私は一部で言われている以下の主張が一番しっくりくる(ただしこれも否定されているらしい)。

バンクシーは複数人いる(チームで活動している)。

彼は以前、NYで30日間毎日どこかの壁に作品を発表すると公言した上で、それをやり遂げた。ニューヨーク中が彼に注目し、警察まで毎日彼を追っていたと言うのに結局その姿を見ることはなかった。このことから考えても、バンクシーは綿密な計画を立て、準備をし、それを実行するだけの頭脳も行動力もあることになる。これはチームで役割分担している証拠だと言えるのではないか。
もちろんバンクシーは一人だけで、あとはサポートスタッフだと言うこともできるだろうけれど、私は実際に描いている人物(バンクシー)も複数人いるのではないかと思う。いわゆる「バンクシー」は一連のプロジェクト名のような位置付けではないのか。

番組では元エージェントと言う人物も出演していた。彼はきっと本当のことを知っているだろうけれど、バンクシーの正体を公表することはない。他にも複数人、彼に会った事がある、仕事をした事がある人はいるけれど、核心に触れる証言はほとんど出てこない。

これは秘匿契約がしっかりしている証拠だろうし、暴露したい欲望よりもバンクシーの正体を守りたいと言う欲求の方が上回っているのではないか。それほど会ったこと、一緒に仕事したことに敬意を払っているのだろう。
もちろん、そこには莫大な損害賠償が絡むなどの契約が存在する可能性も否定できないわけだけれど、それだけでここまで秘密が守られるのか、疑問は残る。

今まさに人々は彼の正体を知りたいと思いながらも、痛切に辛辣に社会に対する不満や階級社会への風刺など庶民の言葉を代弁してくれるかのような作品をあんなにクールに表現する彼のことを、このままでいさせて欲しいと言う気持ちとで揺れ動いている気がする。
もし正体が明かされるようなことがあれば、これまでの落書きを追求される立場、すなわち犯罪者となり、彼に熱狂している人々が果たしてそれを望んでいるのかと問われると答えは「NO」であると思う。

有言実行であること、的確に批判していること、弱いものの味方であること、そして正体が一切わからない、すなわち名声に興味がないこと、人々がドラマティックに仕立て上げている「バンクシー像」は意図されたものだとは思うけれど、個人が世界に向かって拡散できる現代の強みを最大限利用した結果である。

ギャラリーに認められなくても、個展を開かなくても、アートは注目され、評価され、世界に広まっていく。バンクシーが実現したことは、古い組織や閉じられた業界への挑戦かもしれないし、痛烈な批判かもしれない。こんな時代だからこそ、彼はここまで注目される人物となり、作品の価値も上がった。

彼ほど自分のことをよくわかっていて、大衆の心理をうまく読み解く力がある芸術家はいないのではないだろうか。才能ある絵描きと一口に言うと、そういった管理能力がない不器用な人をつい思い浮かべてしまう。その点、バンクシーはただ描いていればいい、と言うよりは人々の心をうまく掌握しつつ自分の世界を守り、活動を長く続けられる術を淡々と計算しているようにも感じられる。そのバランスの良さが、さらに彼のミステリアスな正体とともに人々から支持される要因になっているように思う。

そう考えると、ここまでその才能が評価されている今、バンクシーが複数人いたとしたら、その中には名声を求めたり金銭的な余裕を求めて個人的な利益の享受を求める人が出てもおかしくない。その点からいくと、ここまで徹底して活動を貫いている事実は、やはりバンクシーは一人だけ、と言うまた正体の推測を振り出しに戻す結果となる。

正体不明の現代を代表するアーティスト「バンクシー」。今後も彼から目が離せない。

※緊急事態ではあるけれど、巡回中の「バンクシー展」はどこかで必ず足を運ばねばならない。



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