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一木けい、さんのレビュー

一木けいさんの本を続けて読んだ。

まずは話題になっていた時に気になっていたけれど、タイミングを逃してたコチラ「1ミリの後悔もない、はずがない」

椎名林檎さんも絶賛という羨ましいオビがついている。

由井は家庭に問題があり、学校でも浮いた存在。そんな由井が好きになったのはその体の大きさでクラス一目立つ存在の桐原。
大人を信じられない由井が愛を感じた男、そして不安定な暮らしの中で差し伸べられた手のぬくもり。彼女の周囲の人間たちが織りなす短編連作集。

こういう、登場人物が入れ替わり物語の軸となって現れるような連作短編がすごく好きなのだけれど、物語を通して描かれるのは「誰かは誰かの救いである」ということ。ある人にとっては他愛のない、これという取り柄のない人でも、他の誰かにとっては一生を左右するほどの出会いとなる。だからこそ人というのは誰かと関わってこそ、人であるのだと思う。

家族に振り回され人との関係を断ちながら生きなければならなかった由井の、現在の様子もちゃんと書かれていて、そこには救いがある。そしてそれはまた別の関係に派生していく。

特に「穴底の部屋」が良かった。欲望にどうしようもなく濡れ落ちていく女の、切なる心の声と現実に交わされる乾いた会話。そこに登場するのは、由井には間接的にしか関係のなかった男ではあったけれど、この男の顔が多角的に描かれていて非常に興味深かった。ただ根っこにあるのは思い出の中のあの姿。
記憶とは都合よく捏造され仕舞われていくものだけれど、そこには真実も間違いなく紛れている。その人を強く思っていればなおさら。

一木けいさんの表現力に参ってしまい、次の作品を、とこれに着手。「愛を知らない」

2作目にも、大きな男の子と小さくて独特の感性を持つ女子が出てくる。一木けいさん自身も背の小さい方だということなので、何かしらの投影があるのだろうなと思える。

学校のイベントである合唱祭。取りまとめる指揮担当の青木は、バスソロに立候補したヤマオがアルトソロにと推薦した橙子の名を聞いて眉をひそめる。協調性がなく、友達もいない橙子はクラスでも浮いていた。
ピアノ担当で遠縁の僕はハラハラしながらいつも橙子の言動を見ていたが、やがてなぜ彼女があのような行動をとるのか、理由を聞いて驚く。
家庭の事情をクラスのみんなには知られたくない橙子、そして母親には合唱祭のことを知られたくない橙子。不可解な言動の意味がようやく解けた時、果たして歌唱はうまくいくのか。

瑞々しい感性の中にいつも、家族との繋がりのとても厳しい側面を見せてくる一木さん。

私たちは「こうすべき」という社会常識という呪縛から逃れられないものだけれど、その上に精神の不安定さ、心の闇が複雑に絡まると容易には解けなくなる。家庭という子供にとっては重要なコミュニティに起こる問題というものは、どこか閉塞的で表に出る時には手遅れであるという場合もある。

誰もが悪人というわけではないし、時として歪んだ愛情に助けられることもある。差し伸べられた手がどんな色を持っていても、それは唯一すがれる「手」であることに間違いはない。

とかく私たちは人の一部だけを見て判断しがちではあるけれど、見る必要がないと切り捨てるにはあまりにも人間関係には闇が多い。

これまで読んだ2冊から感じることとして、一木さんは、人は誰かの救いになっている、ということを切実に痛々しく表現するのがとてもうまい。

若者のようであり、老年の人生観のようでもある。瑞々しさと飢餓感はその辺りから滲んでいるようだ。

最後に最新作を読む。「全部ゆるせたらいいのに」

これも家族の問題をとても深く描いた作品。
これまでの作品で登場人物の中で主人公が入れ替わる連作はあったけれど、これはそれにプラスして時代も前後していく。

幼子を抱えた千映の悩みは、夫の宇太郎が正体をなくすまでお酒を飲んで帰ってくること。体が心配だし、2人で子育てをしたいからと願うのはもちろん、大好きだった夫にアル中の父親の姿を見てしまうから。彼女にとって父親とは散々うんざりさせられ、挙句に許すことができなくなった見捨てたも同然の家族だった。

やはり彼女の作品では、閉鎖的ですらある「家庭」と言う世界で幼い心が疲弊し、罪悪や怒り、そして渇望に絡まれていく姿が描かれていた。

ただ、彼女には愛がある。それは彼女の母親もそうだった。

結婚するにはちょっとね、と言う不器用でうまく生きられない、でも純粋で頭の良い父親。夫である宇太郎も仕事に疲れついお酒に逃げてしまうのだけれど、父親からの愛情、家庭の愛情に接したことのない千映に惜しみない愛を注いでくれた人。

何となく同じような相手に惹かれながらも、母親はうまくコントロールできず自分の生きたいように愛したいように愛し、挙句に父親は壊れてしまった。千映は我が子には自分のような体験をして欲しくないと思いながら、どうしても宇太郎の中に散々裏切られ、失望させられてきた父親を重ねてしまう。

千映にとっての救いは、普通の家庭に育った常識人である親友秋代と、初めて愛をくれた宇太郎だけで、その人たちを信じ、安心して暮らしたい、それだけなのに。

どうしようもなくてこれ以上傷つきたくないのに、家族という関係性だけで罪悪に苛まれてきた1人の女性が、多くて重たい荷物をどうにか下ろすまでの物語。そんな風に感じました。

家族というものは救いになるし、1人の人間のよりどころとなるべく大切な関係なのだけれど、一度その外に出てしまうと今度は常識が覆されそれにより傷ついたり悩んだりする。

人が他人と関わる、と言うことは自分の中の常識がいかに小さくて限定的であるかを知ること。無条件の愛ではなく、条件下の愛で他人との空間を作っていくと言うことは、限定的な世界が一気に広がってより大きな世界に通じていくこと。

そこには必ず矛盾や葛藤があるのだけれど、それを一番極端な形で体現したのが千映なのだと思う。

信じたい、許したい、そう思えるうちはそこに愛があるのだと思う。もしそういう気持ちに苦しくなったとしても、決して逃げてはいけない。まだ諦めていないのなら、何か方法があるかもしれない。

一木けいさんの作品はとても重たくて、辛くて、でもそこには必ず愛がある。救いがある。こう言う物語を通して、もしかして今まさに悩んでいる人がいるとしたら、そこには届いて欲しいなと思う。

こうやって本を読んで泣き暮らす程度の距離感の私では、本質までは辿り着けないのかもしれないけれど、したたかにたおやかに、知らないことを臆することなく生きていきたい、そんな風に思えた。

心が軽やかになるような小説ではないので状況によってはオススメしないけれど、もうすっかり諦めている、のではなく悩みの渦中にいると言うような人にはオススメ。しっかり浸かって悩んで自分なりの答えを出していく、そんなヒリヒリした感情を駆り立てる物語だった。


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