ピアノ好きの偏った多読とわくわくする語学教材について

2ヶ月ほど前に、作曲家についての本を外国語で読むという楽しみを見つけて、このところずっと夢中になっています。

実は、言語を問わず、本を読み始めても途中でやめてしまうということがずっと続いていて、読書らしい読書を習慣にできずにいました。

11月に、Alan Walker という音楽学者のショパンの伝記を読んだらすごく面白かったのをきっかけに、ずっと前に買っていたスクリャービンシューマンの英語の伝記と、ショパンについてのフランス語の本、と読み進めています。

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今回、本を読むという1つのことを、少なくとも3つの目的で行っていて、それがやめずにいる(続けずにはいられない)理由になっています。

1つめは、当然ですが単純に内容を読んで楽しむということです。

子供のころからピアノが好きだったので、興味のある作曲家がたくさんいます。具体的にはバッハ、スカルラッティ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、シューマン、リスト、フォーレ、ドビュッシー、スクリャービン、シェーンベルク、ラヴェル、プロコフィエフ、メシアンなどの名前を目にするだけでわくわくして、彼らの音楽にふれるだけではなく彼ら自身についても知りたいという気持ちがあります。

ある程度分厚い本だと特に、いきいきとした引用がふんだんに含まれていて、日々の生活のこと、人間関係(やその破綻)、作曲や演奏の喜びと苦しみなど、小説のように面白く読むことができます。

こういう面白さについて語るのがぼくは多分すごく下手くそなのですが、当時の手紙や記事などでとりわけ気になるものがあれば、紹介していきたいと思っています。

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2つめの目的は、外国語の多読です。

ぼくはもともと言語は好きなので語学のための語学として学ぶこともありますが、読みたいものを読むことによって効率的に学ぶことができるということはよく言われています。

西洋音楽に関する本は、もちろん日本語でもたくさん出ていますが、日本語訳されていない本も多くあります。ウォーカーのショパンの伝記にしても、Amazonで300以上のレビューがついているほどの話題作ですが、まだ(中国語訳はあるのに)日本語訳は出ていません。また日本語訳は高価でも、Internet Archive などで外国語では無料で読めるケースも往々にしてあります。

今回は多読を目的にしているので、知らない単熟語を全部調べたりはしていません。それでも読むこと自体に少しずつ慣れてきますし、何度も出てきて気になる表現は調べて覚えたりしています。今後、単語集などを使った勉強を並行して行えば、さらに効率的に語彙力を上げることができるかもしれないとも思っています。

また、英語の多読から始めましたが、フランス語やドイツ語、さらにロシア語の本にも挑戦するつもりです。ショパンのためにポーランド語、など、新たな言語を学ぶきっかけにもなるかもしれません。

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この2つだけで、学生時代のぼくなら十分だったはずなのですが、SNS時代の病とでもいうべきか、なんらかのソーシャルな要素がないとモチベーションを維持できないことに気づきました。

それを打破するための仕掛けとして、本を読みながら語学学習用の例文を集めることにしました。

これは以前「用例と語源で学ぶ英単語」というシリーズでやっていたことに近いのですが、今回は偏った多読をやっているので、(クラシック・)ピアノに関係する例文だけが集まることになります。

最終的に夢見ているのは、ぼくと同じような趣味を持つ人が楽しく学べるような語学教材を作ることです。


例えば、大学入試用の単語集『英単語ターゲット1900』では、indifferent という単語の例文として、


Many young people are indifferent to politics and the economy.
多くの若者は政治や経済に無関心である。

というのが載っています。これはこれで、be indifferent to 〜 という表現を学べる点、簡潔で長すぎない点、無駄に難しい単語が含まれていない点などで優れた例文です。しかし、わくわくしないという決定的な問題があります。

ぼくがわくわくする例文というのはこういうものです。

Mendelssohn and Schumann were full of praise for Chopin’s music; Chopin was almost completely indifferent to theirs.
メンデルスゾーンとシューマンはショパンの音楽を絶賛していたが、ショパンは彼らの音楽にはほぼ完全に無関心であった。

これは先ほどのウォーカーの本から採ったもので、同時代の音楽に対するショパンの態度が端的に表現されています。

例えばこんなふうな例文ばかりを1900文集めて『英単語ターゲット1900』準拠の例文集を作ったら、0.1%くらいの人は楽しく勉強できるのではないかと思います。もちろん重要な1900語が全部含まれているので、これらの文で身につけた英語力は大学入試にもTOEICにもビジネス英語にも直結するでしょう。

文法・語法についても同じです。

「総合英語」と呼ばれる高校生用の参考書は、高校レベルの文法・語法をもれなく分かりやすく解説しています。大学生や社会人であってもこの内容を完全に理解している人はおそらくほとんどいないので、これ一冊ちゃんと身につけることで間違いなく英語力を伸ばすことができるでしょう。

例えば『ジーニアス総合英語』には、仮定法現在の例文として次の文が載っています。

I demand that John apologize.
ジョンが謝罪することを私は要求します。

これまた簡潔な例文で、直説法現在(apologizes)と仮定法現在(apologize)で違う語形になる例をちゃんと挙げています。また、難しい単語が使われていないため文法事項に集中できますし、文脈から切り離された一文でも十分に状況をイメージすることができます。巷の参考書や問題集に載っている用例からしばしば感じるストレスがここにはありません。

ただ、ぼくだったら、好きな作曲家が出てきたらもっと楽しく学べるでしょう。同じくウォーカーのショパンの伝記からこんな文を採ってみました。

Chopin had requested that Mozart’s 𝘙𝘦𝘲𝘶𝘪𝘦𝘮 be performed at his funeral service.
ショパンは自分の葬儀でモーツァルトの『レクイエム』が演奏されるよう依頼していた。

『ジーニアス総合英語』では主要な例文に番号が振られていて、全部で861の例文があります。単語と同じように、これらの861の例文とそれぞれ同じ文法項目を含む文を集められたら、高校時代のぼくにプレゼントしたい暗唱例文集ができあがることになります。

「○○で学ぶ英単語」や「○○で学ぶ英文法」といった本は教材はたくさんありますが、通常の教材に載っている内容を特定のテーマで網羅することによって、汎用的な語学力のために本当に意味のあるものを作ることができると思っています。

とはいっても良い文を集めるには膨大な時間がかかり、揃ってから初めて公開するのではモチベーションが続きません。そこで、とりあえずのものとして、Twitterで「ピアノ好きのための英語の問題集」というアカウントを作成し、毎平日に英語の問題を出題しています。

ありがたいことに毎回回答してくださる方がいらっしゃるので、問題を作り続けるためというのが一つの動機になって、読み続けることができています。

実はこのモチベーションが強力すぎるために、フランス語やドイツ語の本も読みたくてもなかなか手が伸びずにいるので、近々なんらかの形でフランス語やドイツ語に関しても同じようなことを始めるかもしれません。

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やっぱり自分で何かを作るのは楽しいので、3つめの点について長々と書いてしまいましたが、ほんとうは、音楽について書かれた文章を読むのって面白い、ということもすごく伝えたいことではあります。

同じ作曲家について、新しめの本から始めて時代を遡ったりすると、古い本になればなるほど興味深い直接的な証言が含まれていたりする一方で、事実として正しくないことも書かれている、といったことも見えてくるでしょう。たくさんの本を読んで、「○○について✕✕語で読みたいならこの本がおすすめ」みたいなことが言えるようになるといいなとも思っています。

また、今は作曲家に関する本に絞っていろいろ読み始めていますが、音楽史から、文学や美術や歴史などを通じて、さらに他のことがらへと自然に関心が広がっていきそうな気もしています。そうすれば偏った多読がもはや偏った多読でなくなる可能性もあります。

心から興味を持てる対象が狭いことへの引け目のようなものはあり、それを頑張って克服しようとして何度も失敗してきました。バランスの取れた「ふつうの」人間になろうとするのはもう(ほぼ)やめましたが、今のぼくが予期していなかった方向に今後の人生が豊かになっていく予感はあります。それこそが読書の最大の「効用」の一つなのだとしたら、たとえ動機は不純であっても読書を続けるのはいいことだということかもしれません。

なんだか大学1年生みたいなまとめになってしまいましたが、とりあえず最近楽しくやっていますという報告でございました。

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