ウーラント「春の想い」(ドイツ詩100選を訳してみる 1)
ちょっと前に Des Sommers letzte Rosen: Die 100 beliebtesten deutschen Gedichte というアンソロジーを見つけた。ドイツ語の詩を、20世紀の主要なアンソロジー50冊の収録頻度順に、1位から100位まで並べたというものだ。おおざっぱに、ドイツで愛されている詩100選だと思っていいだろう。
目次を見ただけで、ドイツで愛されてきた詩の歴史が、思っていた以上に音楽と緊密に結びついていることがわかる。
例えば…
第4位 アイヒェンドルフ「月夜」(→シューマンの「リーダークライス」)
第5位 ゲーテ「魔王」(→シューベルトのOp. 1)
第11位 ハイネ「二人の擲弾兵」(→シューマンの歌曲)
第47位 ハイネ「ローレライ」(→ジルヒャー「なじかは知らねど…」)
第51位 ミュラー「菩提樹」(→シューベルト「冬の旅」)
第82位 シラー「歓喜に寄す」(→ベートーヴェン第九)
他にも歌曲などになっている詩が山ほどある。
*
ところで、海外の詩を日本語で読むというのは今どき全く流行らないのだろう。
ドイツで人気の詩を読んでみようと思っても、なかなか簡単に日本語訳が見つからない。正確には、訳はあってもぼくが読んでも意味が分からないことが多い。
それならいっそ自分で訳してみよう、と思い立った。
語学や文学をまじめに学んでいる身なら、そんな身の程知らずなこと考えなかったに違いないが、小学生がバッハが弾くなら、ひよこがゲーテを訳してみても怒られないだろう、くらいの気分だ。
翻訳詩を読んで感動するということがあるとはあまり思っていないが、ぼくと同じくクラシック音楽が好きな方は、もしかすると興味を持ってくださるかもしれない。
*
というわけで最初に挑戦したのは、第1位のルートヴィヒ・ウーラント (Ludwig Uhland, 1787-1862)「春の想い」(Frühlingsglaube)。思いっきり季節外れだけど気にしない。
ウーラントというひとは多分あまり有名ではないけれど、後期ロマン派の詩人で、ぼくはリストの「愛の夢」の、有名でない第1番と第2番の作詩者としてぼんやりと名前を知っていた。
この詩の初出は1813年の Deutscher Dichterwald という本らしい。ウーラントだけでなく、『ウンディーネ』で有名なフリードリヒ・フーケなど何人かの詩人の作品が収録されている。(こういうのを簡単にネット上で読めるのは本当に感動する。)
(国松孝二・片山敏彦・石井不二雄・森泉朋子の訳を参考にした。)
*
タイトルは「春の信念」と訳されたりもするようだ。春になってすべてが良くなっていくという、確証なく「信じていること」を指している。
ぱっと見、能天気なだけのように見えていたが、ちゃんと読むとなかなかネクラな詩だ。
「何もかもが変わっていく」ことを信じないといけないとは、今の「苦しみ」はどれだけひどいのか。深読みしすぎかもしれないけれど、春から最も遠い「隅っこ」 (Ende) で震えている「あわれな心」を思い浮かべた。
*
吉原幸子の『昼顔』(1973年)という激しい詩集の中の「街」という小さな詩をふと思い出す。「かなしみにも陽があたる」の「も」が心を打つ。
*
ウーラントの「春の想い」にはシューベルトが作曲している(D.686、1820年)。
シューベルトのピアノ・ソナタ(アドラーシュ・シフの全集を持っていたが、どうもはっきりした印象が残っていない)に似て、薄味すぎて、ぼうっとしていると何も感じずに聞き流してしまいそうになるけれど、何度か聞いていると、「さあ、あわれな心よ」 (Nun, armes Herz) と、淡いやさしさが響いてくる。
これをもうちょっと濃厚にしたら、ぼくの大好きな「楽興の時」第6番になるのかな、と思ったりする。
*
今日は少ししゃべりすぎてしまったかもしれない。しゃべればしゃべるほどポエジーを殺してしまうようで悲しい。でもそれも含めて、あんまり気にしすぎないようにしよう。
この企画、どれくらい続くか分からないけれど、ぼくの文体練習も兼ねて、しばらくやってみようと思う。
*
(2020/1/3追記)メンデルスゾーンによる歌曲もある (Op.9/8, 1830)。
他の記事も読んでみていただけるとうれしいです! 訳詩目録 https://note.com/lulu_hiyokono/n/n448d96b9ac9c つながる英単語ノート 目次 https://note.com/lulu_hiyokono/n/nf79e157224a5