冷めた唐揚げにほくほくした話。
その日、2人で選んだ夕食の居酒屋。
それは居酒屋というより割烹料理屋のような佇まいで(女将さんが割烹着ではなく紺色の「キンミヤ」と書かれたエプロンをしていたから、割烹料理屋ではないと私は思っている)、コの字型のカウンターに座った8人くらいのお客さんは、みんな常連だった。
素敵なお店だった。蚊取線香の匂いがかすかにして、女将さんの愛想も良く、静かな笑いが時々起こる。モツ煮込みやらメンチカツやら揚げ出し豆腐やらはどれもとても美味しかった。
けれど。
けれど、私たちの感覚ではちょっと「上品すぎる量」であったのだ。
「量、上品だよね?」と彼に言いたかったが、あの狭い店内でそんな会話をすることは憚られ、でも、なんとなく1回目のオーダーで箸が止まった私たちは、軽く目配せをしてその素敵な居酒屋を立ち去った。
それで、唐揚げだ。
その店は、駅前に最近開店した。朝から深夜まで営業していて、揚げ物の匂いを駅前に放っていた。とても美味しそうなその匂い。通る度に、いつも気になっていたのだ。私たちは、どちらともなく立ち止まった。
【揚げたて!鶏モモ唐揚げ】
「揚げたて!」というから、買ったその場で食べようと思って、箸までもらった。
楊枝を使って唐揚げを食べ歩きする人はたまに見るけど、箸で唐揚げ食べながら歩いてる人なんていなくない?
なんて笑いながら大きな口で齧ったそれは、しかし、それは熱いどころかちょっと冷たいくらいだった。
拍子抜けしてしまった。ふと横の彼を見ると、全くおんなじことを思っていたようで、齧った瞬間凍ってしまったかのように固まっていた。
彼のマンションまでは歩いて5分くらい。加熱し直せばいいのだけれど、なんだか意地になって、私も彼もそのまま頬張った。
それで、すぐそこにあるコンビニに入って缶チューハイを買った。から揚げには、レモンチューハイ。2人して無言にて同じチョイス。
私はそれで、なんだか強烈にほくほくとしてしまった。彼のマンションに向かいながら、こっそりひっそりと。
居酒屋はコスパが悪かったし唐揚げは冷めてたし、別に最高のデートではなかった。けれど、言葉もなくその居酒屋を去り、言葉もなく唐揚げに釘づけになり、言葉もなく唐揚げの温度にビックリし、言葉もなくレモンチューハイを買う。そのすごさに、ほくほくしてしまった。
以心伝心とか運命とかそんなキラキラしたものではなく、すごく日常的な感じで、ずっと一緒に過ごしたいなあと思った。彼は「蚊に刺された!」嘆き騒いでいたから、全然おんなじことを考えてはなかったけれど。
それでも、勝手にほくほくする帰り道。
夏ど真ん中の匂いがした。
Luka_yasuha
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