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#8月31日の夜に #短編 #黒のなかの黄色

今日で8月も終わり。カレンダーをめくろうと思い手をかけて31日という日付を見たら思い出した。

もう5年も前になるだろうか。
あの日私のサロンに来たのは母娘だった。お嬢さんは中学2年生とのこと。メガネをかけたお母さんはお嬢さんの事が本当に好き、そしてとても心配しているという雰囲気が滲み出ていた。

「ご相談は?」と尋ねると、お嬢さんが一度お母さんの顔を見てから恥ずかしそうに私の方を見た。それから口を開いて喋り出したのはお母さんの方だった。「娘はもう1年以上、学校に行く事が出来てないのです。」そう小声で呟いた。

具体的な相談内容は、中学1年生になって直ぐの頃から不登校になってしまったこと。クラスメイトや先生のサポートを得て何とか自宅学習をしたり、時々数時間だけ学校に行くという事をやってはみたのだが、連続して登校することが難しいとのこと。そろそろ学校に通わないと受験先を考えたりする時期なので不安。お嬢さんが言うには「変わっていきたいと思う自分がいるけど、なかなか行動に移せないので相談に来た。」ということだった。

私は先ずお嬢さんの着ている服を見た。職業柄、お出迎えして「ようこそお越しくださいました」という挨拶をする頃にはお客様の全身を瞬間的に見る癖がついている。
お嬢さんのファッションは、真っ黒のTシャツ、胸に黄色いワンポイントで可愛らしい蜂のデザインがついている。下はデニムのズボン。

さて。黒は自分の心に踏み込んでほしくない現れ。しかも上半身に身につけている人の多くは「他者と一線を引いている」という意味を持ち、自分の事はあまり喋らない傾向がある。心を守るようなイメージだ。大人になって黒が好きで身に着けていたり、黒をカッコイイ色としてファッションに取り入れる傾向は普通の事だが、大人の場合も基本的な黒の意味は十分当てはまる。黒を身に着けているのに社交的な人の場合は、大抵「表面的な自分」というのをしっかり持っていて、内側の自分は極力見せない傾向が強い。

黄色の蜂の絵が胸に。黄色は「自分の声をもっと聞いてほしい」という思いの現れ。黒と矛盾する。これはどういうことかと言うと「自分の本当の声を『聴いて』ほしい。でも上手に話せない。話し方が分からない。」というもどかしい思いと同時に「どうせ誰も聞いてくれない。聞いたとしても周囲は自分を理解してくれない。」という諦めを指す。「諦め」という部分は「胸元にその絵がある」ということから読み取った。胸元は「心」を現す位置。心の多くは黒い闇に包まれている。しかし一点の光が黄色として現れている。自分を見つけて欲しい。自分の声を聞いて欲しい。そんな「心の声」が聞こえてくるようだった。

ちなみに、もちろん誰がこの服を着ていても当てはまるのかというとそうではない。この場合「相談者の年齢と内容」そして本人に「変わりたいという気持ちがある」というヒントに紐づいて出てきた要素だ。だが基本的な部分は年齢に関係なく一緒と言える。

上記の分かった事を元に、私はお嬢さんに「では先ず、どうして不登校になったか教えてもらえますか?」

お嬢さん「私は今ガリガリに痩せていて、それを人に見られるのが恥ずかしいからです。」確かに見た目でも直ぐに分かる程、かなり痩せている。

お母さん「時々は食べれるんですが、あんまり沢山は食べれないので心配で…」

私「学校に行きたくない理由が痩せてるからなの?」

お嬢さん「…はい、たぶん」(曖昧な返事)

私「では、辛いかもしれないけど、少しでも現状をよくするために頑張って思い出してほしいんだけど、最初に学校を休んだ時に何があったか覚えてる?」

お嬢さんとお母さんは、あれかな?これかな?としばらく会話し、そのディスカッションに私も加わって記憶を少しずつ遡っていった。それだけで気がつけばあっという間に1時間が経っていた。

するとやっとお嬢さんがハッとした顔をして目を開いた。「あの時、私は太ってて、クラスメイトに、太ってるねって言われたことがショックで次の日学校に行けなくなってしまいました。」

私「そうなのね。よく思い出したね!!エライ!!それは嫌な経験をしましたね。でも今私が見る限りとても太ってるようには見えないのだけど…今のあなたが学校へ行ったら、また太ってるって言われるかしら?」

お嬢さん「それは無いと思います。」

私「そうだよね。今のあなたなら、もう太ってないし、そんな事言われて傷つくことなんて無いのだから、もう安心してご飯を食べていいんじゃないかな?

傷ついたからご飯が食べられなくなった。

ご飯が食べれない日が続いた。

そして気が付いたら拒食症になっていた。

更に学校に行きたくなかった本当の理由を忘れて、行けない理由は拒食症のせいなっていた。

って事だよね?学校に行きたくなくなった本当の理由と、あの時の自分を思い出してみて、今はどう感じてるかな?」

お嬢さん「自分でも本当の理由を忘れていた事にビックリしました。あの時の事を振り返ると私は太ってないし、もうこれ以上痩せる理由が見つかりません。」

お母さん「あの時あなたにそんな事があったなんて知らなかったわ。だからママてっきり拒食症のせいだとばかり思い込んでいたの。気付けなくてごめんね。」

私は、2人に黒と黄色から感じ取ったことをそのまま伝えてから「だから私はあなたが本当に聞いてもらいたい事は他にあるんじゃないかと思ったんです。あなたが色という形で私に信号を送ってくれたから分かったんですよ。悩みが大きくなっていくと、悩むキッカケになった最初の出来事を完全に忘れてしまい、違う理由を作り出してしまう人は、実はけっこう多いんです。それは脳が負の信号をキャッチした時にそのストレスから身を守ろうとする自然な行為なの。

でも今、あなたは本当の原因に気づく事が出来たし、今の自分なら乗り越えられるという事にも気がついた。そうしたらもう強いですよ。この経験を生かしてこれからは悩みを他の事にすり替えずに、出来るだけ直ぐに対処する方法を見つけてみてください。あなたは頭が良いのだから、必ず出来るからね。

ただ、ご飯を急にたくさん食べようなんてしないで。体に負担がかかるから少しずつ変化していってね。それでいいから。」そのよう伝え、カウンセリングを終了した。

終わると母娘は嬉しそうに、最後には笑顔になった。スッキリしました。頑張ってみます。そう言い終えると2人は部屋を出ていった。

私は自分のカウンセリングを受けた後に出てくる笑顔を見る瞬間がいちばん好きだ。正直毎回心の中でガッツポーズをする。

さて、今回のようなケースはけっこう多い。悩みに色んな事が布のように重なって、厚くなっていくと、自分でも見えなくなってしまう。そうすると、重なった「悩みの布」は、剥いでも剥いでも、元になった悩みを解決出来ていないから、いつまで経っても前に進めないし乗り越えることも出来ず、日々をなんとなくモヤッとしたまま過ごす事になる。

8月最後の夜。カレンダーの8月31日を見つめながらそっと捲った。あの時のあの子がこうやって自然と日々を重ねて、素敵な女性になっていってくれてたらいいなと、そう願いながら。

#8月31日の夜に #短編  #黒のなかの黄色

by Luka


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