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#436 遺留分の時効:遺留分不足を知ってから1年,亡くなってから10年

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【 今日のトピック:遺留分の時効 】

今日は,遺留分の時効について説明していきたいと思います。

さて,普段生きていると実感することはあまりないかもしれませんが,法律には,「時効」という制度があります。

よく話題になるのは,刑事の「公訴時効」だと思います。

事件の種類によって,公訴時効の期間にバラつきがあるので,一概には言えませんが,事件から何年も経過したら,そもそも,起訴できなくなる(起訴しても,公訴時効の期間経過を理由に「免訴」の判決が言い渡されてしまう)というのが,「公訴時効」です。

今日お話しするのは,刑事ではなく民事の話です。

民事には,取得時効と消滅時効があるのですが,そのうち,消滅時効の話です。

消滅時効というのは,期間が経過すると,それだけで,せっかくの権利がなくなってしまう,という制度です。

まあ,正確に言えば,期間が経過すればそれだけで権利が消滅するのではなく,「援用」といって,消滅時効によって利益を受ける人が,消滅時効による権利消滅を,権利者に通知することが必要になります。

「援用」の通知が,権利者に届いて初めて,「消滅」します。これが,「消滅時効」という制度です。

逆から言えば,援用するまでは権利が消滅しないのですが,ただ,せっかくの消滅時効を,援用しない人なんていません(笑)。

消滅時効の期間が過ぎ去っているのであれば,請求を受けている人なら誰しも援用するでしょう。

だから,「援用するまでは消滅していない」が真っ正面から問題になることは,ほとんどないと思います。

この「消滅時効」は,遺留分を請求する場合にも当てはまります。

「遺留分」というのは,黙っていれば空から降ってくるものではありません。

ちょっと脱線しますが,権利は空から降ってくるものではなく,自分で(お金をかけてまでも)行使して守るものです。

それをサボっていた人が,消滅時効によって不利益を受けても,それはサボっていたほうが悪い。消滅時効の知識がないほうが悪い。

現代社会は,そういう思想で動いています。この思想こそ,近代の思想です。明治政府が,ヨーロッパに学んで近代化を成し遂げた際に,「知らないほうが悪い」という知識社会の思想と,「権利行使をサボっていたほうが悪い」という近代の思想が,民法という形でも取り入れられました。

まあ,それが日本には適していなかったと文句を言ってもいいんですが,この思想を輸入して近代化を図ったおかげで,日本がヨーロッパ列強の仲間入りを果たし,他のアジア圏の国々とは違い,ヨーロッパ諸国に食い物にされずに済んだことは間違いないでしょう。

これを修正するべきだとすれば,それは今の時代の課題です。修正するべきなのに達成できていないとすれば,それは僕らの責任で,導入した明治政府に責任をなすりつけるのはお門違いでしょう。

さて,遺留分の消滅時効の話に戻ります。

遺留分も,空から降ってくる権利ではなく,自分で行使して初めて自分の手元にやってきます。

その権利行使を怠っていたり,そもそも権利行使が必要なことすら知らずに消滅時効の期間が経過してしまうと,消滅時効によって権利が消滅してしまいます。

近代とは,そういうもんです。知識社会とは,そういうもんです。

じゃあ,遺留分が時効によって消滅してしまうとして,いつまでに権利行使すればいいのでしょうか。

これ,ちょっと難しいので,ゆっくり説明します。

実は,遺留分の消滅時効には,2種類あります。まずは,簡単なほうから説明します。

簡単なほうは,「亡くなってから10年」です。そもそも,遺留分とは,ある人が亡くなった後に,その相続人が,遺言や生前贈与などのせいで,自分のもらう遺産が遺留分に不足してしまったことを理由に,その不足分を,たくさん遺産を貰っている人から補填してもらえる権利なんですが,亡くなってから10年が経過すると,遺留分を補填してもらう手続(「遺留分侵害額請求」と言います)が,消滅時効によって不可能になります。

例えば,2021年2月9日に亡くなった人に関して,その人の相続人が,遺留分侵害額請求する場合,2031年2月8日までは消滅時効前ですが,2月9日以降は,消滅時効が完成してしまいますので,相手が消滅時効を援用すると,権利行使できなくなってしまいます。

この「亡くなってから10年」が,1種類目です。

もう1つは,少し難しくて,①亡くなったこと,②遺留分不足を知ったこと,の2つを知ってから1年です。

①はわかりますよね。亡くなったことを「知る」のは,イメージしやすいです。自分の父親や母親が亡くなったことは,自分が看取ったり,兄弟から伝え聞いたりして,知りますよね。

ただ,それだけでは,消滅時効の期間はスタートしません。亡くなったことを知るだけでなく,②遺留分不足を知ったことも必要です。

まあ,そもそも,自分の「遺留分」について気にしながら生きている人は,ほとんどいないと思いますので,それが不足しているかどうかなんて,弁護士のような法律のプロでないと,知りようがないですよね(笑)。

だから,自分の遺留分が「不足」しているかどうかなんて,いつまでも経っても「知った」とはならないような気もします。

しかし,例えば,「財産全部を長男に相続させる」という遺言が残された場合,長男の弟である二男としては,その遺言を見れば,自分には遺産が1円も入ってこないことはすぐにわかります。

この二男は,法的に素人で,「遺留分」なんて制度について全然知らなかったとしても,遺産が1円も自分に入ってこないことは,↑の遺言を見れば,理解できます。

こんな場合であれば,遺留分不足を「知った」とは,「遺言を見た」と同じです。二男に遺留分についての知識があるかどうかにかかわらず,「財産全部を長男に相続させる」という遺言を見れば,少なくとも,自分に1円も遺産が入ってこないことは理解できるわけで,この理解だけで,「遺留分不足を知った」に当てはまり,↑に書いた消滅時効の1年間がスタートします。

例えば,2021年2月9日に,↑の遺言を見たとすると,2022年2月8日までに権利行使しなければ消滅時効によって,権利行使できなくなります。

「権利行使」とは,「遺留分を請求します」と,相手に口頭なり書面なりで伝えることを意味します。僕ら弁護士であれば,普通は,配達証明付きの内容証明郵便を郵送し,届いた日付と送った内容が証拠として残る形で権利行使しますが,この形式にこだわる必要はありません。

ただ,口頭での権利行使や,配達証明付き内容証明郵便以外の書面での権利行使の場合は,後で権利行使したことを証明する手立てを確保しておきましょう。録音でもいいですし,書面の受領したと一筆書いてもらってもいいでしょう。とにかく,証拠が必要です。

「時効」って,トランプでいう「ジョーカー」なんです。期間が経過していれば,それだけで勝つことができるわけですから。めちゃくちゃ強いカードです。この「ジョーカー」を相手に使わせないように,きちんと証拠を残すのが大切です。

「遺留分不足を知った」の話に戻りますが,↑の例だと,遺産が1円も貰えないので,「遺留分不足」は遺言を見た瞬間に理解できます。

でも,少しは遺産を貰えるという遺言だったりだとか,生前贈与がたくさんあるけれども,実際に自分の遺留分が不足するほどに足りないかどうかはよくわからない場合もありますよね。

自分の遺留分が不足しているかどうか,遺言だけでは判断できないケースもあるわけです。

その場合,「遺留分不足を知った」のがいつになるかは,本当にケースバイケースです。

僕が一度争った事案では,「少しは遺産が貰える」遺言のケースでした。

この事案は,遺産を「少しは」貰えるものの,たくさん貰っている相続人が他にいたので,その人に対して遺留分を請求できないか,というものでした。

実は,この方,兄弟が5人ほどいて,養子もいたりして,「兄弟2人だから遺留分も4分の1!」というように,遺留分の算定が簡単ではありませんでした。遺言の書き方も,「上場株式のうち,1000株を相続させる」とは書かれていて,自分が取得できる財産は特定できたのですが,遺産の総額はわかりません。

遺留分は,生前贈与も含めた遺産総額に対する割合ですから,遺産総額がはっきりしなければ,自分の遺留分がいくらなのかわかりません。兄弟がたくさんいたら,なおのこと,少しは遺産を貰える場合に,その「少し」が遺留分に足りているかどうかを判断するのは難しいです。

だから,この方は,まず,弁護士に財産調査を依頼しました。財産を調査して,遺留分に不足があれば,遺留分を請求する,そういう方法をとったのです。

ただ,同業者批判はあんまりしたくないのですが,この弁護士が処理を怠ったせいで,依頼したときには,遺言を見てから1年を経過していなかったものの,弁護士が遺留分を請求するという通知を送った時点では,既に遺言を見てから1年が経過してしまっていました。

だから,弁護士が通知を送った時点で,消滅時効の期間が経過していたかどうかが問題となり,結局,「遺留分不足を知った」のはいつか,が争点となりました。

この方は,通知を送った弁護士から弊所に乗り換え,僕が担当することになりました。その結果,前の弁護士が遺言を見てから1年経過した後に通知を送ったことの尻拭いをするハメになりましたが,おかげで,遺留分の時効について勉強することができました(笑)。

この事案は,最終的には和解で決着しました。こちらとしては,「遺留分不足を知った」のは,財産調査を依頼して,その調査結果によって遺留分不足が判明した時点を「遺留分不足を知った」時点として主張していました。相手は,遺言を見た時点を「遺留分不足を知った」時点として主張していました。

和解の内容としては,請求額の7割程度を相手から払ってもらえる,というものだったので,時効経過前というこちらの主張が受け入れられたと思っています。

遺留分の時効は,1年と短いので,経過したかどうかが争われることもあります。

遺留分の不足額がはっきりしない間でも,遺留分を請求することを相手に伝えるだけで権利行使に該当するので,早めに権利行使することが大切です。調停や訴訟を提起してしまえば,その間は,時効が止まるので,弁護士に頼むなりして,さっさと調停や訴訟を提起しましょう。

ただ,「遺留分不足を知った」どころか,そもそも遺言を見たこともないとしても,亡くなって10年経つと,遺留分は請求できなくなります。

公正証書遺言であれば,土地の名義変更や預金の解約も,相続人単独で可能ですから,自分が全然知らないうちに,財産全てを他の相続人が取得している可能性もあります。

父親や母親など,自分が相続人となる方が亡くなられた場合は,いちど弁護士にご相談されてみてください。

それではまた明日!・・・↓

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