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遺言を残そうと思ったら-9(なぜ遺留分があるのか)

【 自己紹介 】

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このブログでは、弁護士である僕が、もし仮に自分が紛争・トラブルの「当事者」となった場合に、「自分だったこうするだろうな」ということをお伝えしてしています。

僕自身、これまでの人生で大きな紛争・トラブルの当事者となったことがなく、今この瞬間、紛争・トラブルに直面されている方の苦しみや不安を代弁できるような立場にはないのかもしれません。

ただ、自分が紛争の当事者となった際の対処法を弁護士目線でお伝えできれば、それが、ご覧になった皆様のお役に立てるかもしれないと考えています。

あくまで、「僕だったらこうするだろうな」ということですから、ご覧になっている方々に必ずしも当てはまらないとは思いますが、僕のやり方をヒントに、自分なりに応用していただけたら、とても嬉しいです。

ご覧になっている皆様のお顔も名前も残念ながら知ることができませんが、アクセスしてくださり、ありがとうございます。本当に励みになっています。

【 今日のトピック:遺言を残す 】

今日も引き続き遺言について書いていきます。

さて、昨日は、寄付先に遺留分でなるべく迷惑をかけないようにしながら、それでも、なるべくたくさん寄付できるような遺言を考えました。

僕には妻と子どもがいますので(という設定です)、遺言で全額寄付してしまうと、その半額は、妻と子どもから遺留分を請求されてしまうかもしれません。

例えば、僕が1000万円の預金を残して死んだ場合に、その全額を寄付しても、その半額の500万円は、妻と子どもが遺留分を請求する可能性があります。

「遺留分は請求するなよ」と言い残して死んだとしても、だからといって、遺留分が失われるわけではありません。

遺留分も、その原資は死んだ僕自身の遺産なので、僕が「遺留分は渡さない!」と生前に決めることができてもよさそうなんですが、それはできません。

こう書くと、「なんで遺留分なんて制度があるんだよ?」という疑問が湧いてきますので、ちょっと書いてみようと思います。

さて、かつて「家督相続」というシステムが法律に定められていました。

これは、「戸主」という、今は亡き戸籍制度とセットでした。

「家督相続」はめちゃくちゃ単純で、戸主が全財産を引き継ぎます。

代々の「戸主」が、土地や建物、預金や現金などの財産を引き継いでいくわけです。

だいたいは現戸主の長男が次期戸主となります。戸主が死んだら、その長男が戸主となり、亡くなった前戸主の財産を丸々全部引き継ぎ、戸主(長男)以外の子どもには、一切財産は分配されません。

さて、これを「前近代的だ!」とリベラルな人たちは一斉に批判して、悪の権化のように扱いますが、僕は、ただ非難するだけでは思考停止であんまり好きじゃありません。

完全に悪いものが、法的な制度として存在するはずがなく、何かしらの正義が「家督相続」にもあったはずで、そこを考えるべきだと思います。

さて、この「家督相続」って、戸主個人の財産として、土地や建物を代々引き継いでいくわけではありません。

ここが家督相続制度の大切なポイントで、確かに、登記上の名義や預金口座の名義は戸主個人なんでしょうけど、実質的な財産の帰属主体は、戸主の「家(イエ)」全体です。

この「家」は、自宅建物を指すのではなくって、家族というか、戸主が養うべき親族コミュニティ全体を指します。

この親族コミュニティ全体を「家」と呼ぶので、「家制度」と言うわけです。で、この「家」全体に帰属する財産を、戸主の名義で所有します。

だから、戸主って、自分名義の財産だからといって、自分で自由に処分することはできません。だって、それは「家」の財産なんですから、「家」を今後も永続的に存続させるため、次の戸主に引き継ぐ義務があるわけです。

もし仮に、その義務を果たさず、財産が散逸してしまうと、その「家」は、食料が足りず、絶えてしまいます。

財産の散逸→食糧不足という意味がわからないかもしれませんが、ここでいう「財産」って、農地を意味しているんです。

つまり、親族コミュニティ全体(=「家」)を養える分の食料を生み出す土地(農地)をきちんと確保し、その土地を代々受け継ぐことで、その「家」が絶えないようにするわけです。

そうすると、「家」全体が生存競争に勝ち抜けます。

この「家」制度を採用せず、土地がバラバラになった「家」は、食料が足りずに生き残れなかったでしょう。

まあ、狩猟採集生活では、こういう「土地を代々受け継ぐ」という意識はなかったでしょうが(1つのコミュニティで土地を代々受け継ぐというよりは、「自然との共存」や「自然を公共財とする」がテーマだったと思われます)、農耕革命によって定住社会が始まり、これが今日まで続いていますから、この「定住社会・農耕社会」を前提とすると、土地(農地)が、住居及び食料の源泉であり、土地を失うと、即、死を意味します。

で、日本の場合は、ただ農地があっても食料が確保できるわけではなく、田植え→稲刈りと、各段階で労働力が必要となります。

だから、「家」という人の集合体で、ある程度広い農地で食料を生産し、生産した食料で、「家」全体の食料需要を満たす、という生存戦略モデルが成立し、これが生き残ってきたわけです。

この生存戦略モデルを法律に落とし込んだのが「家督相続」で、財産(土地)の散逸防止が特に重視されていました。

土地の散逸=食糧不足=死、というイコールが成り立っていたので、財産の散逸を防ぐ家督相続はとても理にかなっていました。

しかし、現代社会では、土地の散逸=食糧不足=死、という図式は成り立ちません。

僕みたいに、「土地イラネ」と思っている人まで現れる始末です。

だから、家督相続という制度は、「生存戦略モデル」という意義を失っています。

今の時代に「家督相続」なんて言い出すと、「頭おかC」と思われてしまいますし、リベラル()からは、「軍靴の足音がする」とか言われちゃうかもしれません。

で、この「家督相続」という話が、遺留分とどう関わるかというと、「財産の散逸を防ぐ」というところです。

財産の散逸=食糧不足=死、という図式が成り立っていたわけですから、財産が散逸されちゃダメでした。

しかし、前戸主の遺言で、財産が散逸しちゃうかもしれません。

自分の「家」に残してくれればいいのに、それが全然知らない人に渡っちゃう可能性もあります。

そうすると、「家」の存立が危うくなるので、遺言でも渡すことができない範囲、つまり、最低限「家」で確保すべき財産として、「遺留分」という制度が出来上がりました。

「遺留分」という制度によって、少なくとも、遺留分は「家」に確保されることになります。

遺言という制度と、「財産の散逸を防ぐ」という「家」制度の調整を図ったのが「遺留分」なのです。

そうすると、今の時代には、この「遺留分」という制度の存在意義はなくなっています。財産の散逸を防いで、「家」の財産を代々引き継がなくても、生存競争的に不利になることはありません。

にもかかわらず、遺留分制度は残されています。

「家督相続」や「家」制度は消滅しましたが、遺留分は残っているんです。

これはどう考えるかというと、それはもう、「相続人という立場それ自体に、遺産をもらう権利がある」と言うしかないと思います。

相続人は、妻や子どもですが、妻や子どもは、その死んだ人との親族関係それ自体から、遺産に手を付けることができるわけです。

まあ、多くの場合、妻や子どもは、老後の面倒を見たり、他にも色々な側面で死んだ本人に幸せを与えていたでしょう。だから、だいたいの場合は、遺産をもらってもいいのかなと思います。

でも、生まれてすぐに生き別れになった場合や、年老いた後に全然面倒を見てくれなかったとしても、遺留分をもらうことはできます。

「相続人の欠格事由」や「相続人の廃除」など、遺留分が消える制度も用意されていますが、これは、被相続人(死んだ本人)に暴力を振るったり、殺そうとしたり、遺言書を偽造したりと、かなりのレアケースです。

生き別れや全然面倒を見なかったくらいで、欠格事由や廃除となることはありません。

だから、結局、「死んだ本人の妻や子どもなど、一定の親族関係があるのなら、遺産を分け与えるべきだよね」というふうな価値観に、国民の代表たる国会議員の過半数が賛成した、というのが今の遺留分制度の理論的な基盤なのかな、と思います。

遺留分の成り立ちを考えると、遺留分制度は今後廃止してもいいのかもしれません。

代々財産を受け継がなくても社会が死に絶えることはありませんからね。

実際に、今の遺留分制度は、財産そのもので遺留分を確保するのではなく、お金で支払うということになっていますし。

今日はこのへんにします。

それではまた明日!・・・↓

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