かわいそうな人たち
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このブログでは、2019年7月にうつ病を発症し、それをきっかけにその年の12月からブログを始めました。しがないサラリーマン弁護士である僕が、日々考えていることを綴っています。
毎回ご覧くださってありがとうございます。本当に励みになっています。
【 今日のトピック:かわいそうな人たち 】
1月9日以来のブログです。ちょうど2週間あきました。
今日は、夜に時間があるので、ブログを書いてみます。
前回のブログでは、エラそうに書きましたが、結局、努力する仕組みを作ることはできませんでした。
はあ。
なかなか、毎週末にブログを更新するのも難しかったです。読書も、やっぱり、仕事が遅くなると疲れて難しいです。
とはいえ、読書は好きなので、読書しなくなることはありませんでした。読みたい本を、好きなときに好きなように読んでいます。
ブログも、こうやって、時間があるときに、好きなことを好きなように書いていこうと思います。
さてさて、今日は「かわいそうな人たち」というタイトルです。これもまた、「エラそう」な上から目線ですが、自戒の意味もあります。
他でもない僕自身が、とても「かわいそう」でした。具体的に言えば、
・この世界や社会のことをロクに勉強せず、
・にもかかわらず、なんとなく、わかったような気になって、
・なんとなく、わかったような口を聞いて、
・仕事もテキトウにこなして、テキトウにお金を稼ぎながらも、「お金がない」と愚痴を言いながら酒を飲み、
・自分以外が目に見えず、他人の話を聞こうともしない(聞いてるふりして、実は聞いていない)
これが「かわいそうな人」です。
なんで、「かわいそう」なのかというと、どうやったって幸せになれないスパイラルに陥っているからです。
スパイラルに陥っているのに、スパイラルに陥っていることに気づくことすらできていません。
自分の生き方に疑問を抱くことなんかもないのです。「疑う」なんてことは、あり得ないのです。
だって、世界には自分しか存在しないから。
自分しか存在しないのに、そんな自分が間違っているわけありません。仮に間違っていたら、それは「世界の終わり」になってしまいます。
だから、自分の間違いに気づくはずもない。というか、原理的に気づけない。
こういった、「かわいそうな人」スパイラルから抜け出すのは、非常に難しいです。
抜け出せない人もたくさんいると思います。抜け出せないまま、死んでいく人もいるでしょう。
自分の間違いに気づけないまま、とはいえ、必死に生きて、でも、ずっと苦しいままで、人間関係もうまく築けません。
とてもつらく、苦しいでしょうが、それを変えるには、自分の考え方を変えるしかありません。しかし、「自分の考え方」というのは、自分の人生そのものですから、簡単には変えられません。
自分の考え方を変えるということは、これまでの人生を否定することを意味します。
これまでの人生も、自分にとってはかけがえがありません。しかも、過去の自分は、現在の自分より若いです。
これからの人生は、年老いていくばかりで、基本的には、過去の人生よりも、価値が低いです。
だから、これまでの人生を否定することは、非常に難しいです。その結果、考え方を変えることができない。
いろいろと書いてきましたが、とにかく、過去の僕のような人は、かわいそうでかわいそうで仕方ありません。どうにかこうにか救ってあげたいです。
でも、こういった人たちは、他人の話を聞こうとしませんから、救ってあげようと思うなら、かなり本腰を入れなければなりません。
相手の人生を変えるわけですから、自分の人生を捧げるくらいの心意気じゃないと、ダメでしょう。
自分以外のだれかに、そこまでしてあげられる人は、ほとんどいません。だから、「かわいそうな人」は、誰も救ってあげられないのが基本です。
「かわいそうな人」を救えるのは、その本人だけなのが、大抵でしょう。僕も、かわいそうだった自分を救ったのは、自分自身でした。
いろんな人が支えてくれましたが、結局のところ、救われたのは、自分が少しずつ変わっていったからでした。
僕が「かわいそうな人」から脱するきっかけは、うつ病の発症でした。2019年7月10日、忘れもしませんが、僕は、突然、職場に行けなくなりました。
その後、2週間くらい休んで、「この日から仕事行く」となった日も、前日に一睡もできず、職場に行けませんでした。
それから約8ヶ月、僕は、全く働けませんでした。職場に行くこともできませんでした。
僕が再び給料をもらえるようになったのは、発症から1年9ヶ月後でした。とても長い、挫折期間でした。
こういった、どうしようもない高い壁にぶち当たる形で、僕は、「かわいそうな人」を脱することができました。
僕の場合、これ以外の方法で、「かわいそうな人」から抜け出すことはできなかったでしょう。
僕が「かわいそうな人」について、今日書いたのは、こういった「かわいそうな人」って、自分しか見えていないので、周囲をイライラさせたりメンタルをすり減らす傾向にあって、まさに僕が、メンタルをすり減らさられていたからです。
「かわいそうな人」と、付き合っていると、こっちの精神が疲弊してきます。
ただ、それじゃあ、こっちが疲れてきてしまうだけだなと思ったんです。そうやって、「かわいそうな人」の「かわいそう」に巻き込まれるのではなく、一線を引いて、「かわいそう」に巻き込まれないようにするのがベストのようです。
どうせ、「かわいそうな人」は、自分で気づいて変わるしかありません。周りの言うことなんか聞きゃしないので。
だから、そっと距離をとって、自分の精神を疲弊させないようにしつつ、うまく利用したほうがいいと思います。
一切関わらないのもアリなんでしょうが、なにかの縁で関わってしまい、そう簡単には、関わりを断てないのが実情です。
だったら、いちばん良いのは、その人を自分に有利に利用してしまうことでしょう。
もちろん、自分だけに有利だと、相手ものってきません。だから、お互いにメリットがある状態に持っていくのが、イイんだと思います。
なんらかの縁で関わりを持ってしまった「かわいそうな人」とは、お互いにメリットのある関係を構築するのが、最適だのようです。
「かわいそうな人」からの脱却は、その人本人が気づかない限り無理なので、そこに期待するのはやめましょう。
それよりも、自分と相手(=かわいそうな人)の双方にメリットがある状態を目指すべきです。
「かわいそうな人」は、関係を断ち切ろうとすると、さらにメンヘラを発揮してくるので、余計にめんどくさくなります。
こっちはドライにしようと思っているのに、ドライにできないのが「かわいそうな人」です。
目指すべき「かわいそうな人」との関係が「ドライ」であることは間違いなくて、だったら、関係を断ち切ろうとするのではなく、「メリットのある関係」を築くべきような気がします。
「かわいそうな人」との間で、お互いにとってメリットのある関係を築く手法は、これからの人生を幸せに生きるうえで、めちゃくちゃ大切な気がしてきました。
「かわいそうな人」と、お互いにとってメリットのある関係を築くゲームを、明日から始めようと思います。いろいろと試行錯誤して、僕なりの方法が生み出せたらなと思います。
なんか、良い結論が出たような気がします。やっぱり、ブログはいいですね。これからも、ぼちぼち続けようと思います。
それではまた次回!
それではまた次回!
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