GOUTALの“Tenue De Soirée”

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眺めているとその深い紫色の底に沈んでいってしまいそうな、大変高貴で稀少な宝石“veritas”でつくられた首飾りがお披露目もされるというパーティー。

招待されてるという金持ちの友人に誘われ、慣れない正装をして俺も参加することに。最近街を騒がせている、怪盗ヴェラがその宝石を狙っているらしいが、こんな大きなパーティーで盗み出すなんて無理だろ?と思う。

きらびやかな美しい装飾、招待客は各界の著名人たち、そして美味しい食事。まだまだ短い人生の中だが、生きてきて一番美味しいワインに感動していると、同年代くらいの女を発見した。

目が合うと綺麗に微笑まれ、場慣れしてそうな雰囲気。友人は人に囲まれ談笑しているので、手持ち無沙汰だった俺は彼女に話しかけると、控えめだが答えてくれ、会話を続けると思いの外息が合った。

まとめ上げた綺麗なブロンドと赤いリップ、タイトなロングドレスは胸元を覆うが、鎖骨を美しく見せ、後姿は大胆に腰まで大きく開き、露出した肩甲骨と背骨がかっこいい。まるでveritasのような暗めの紫色。

見とれていないで、連絡先を交換しようと我にかえった時、大男が彼女にぶつかってしまい、よろめいた彼女を抱き止めた。彼女は俺にお礼を言いすぐに、私はこれで、とあっさり去っていってしまった。

思わぬ近距離に惑わされ、連絡先を聞き逃してしまった!

大失態。しかし、この違和感はなんだ?



さて、気も合いそうなタイプの男との遭遇で、すっかりあの場に留まりたくなってしまった私だけど、これから首飾りを盗みにいくのだから、急がなくては。予定は一秒も狂ってはならない。

私はすべて計画通りに、手際よく首飾りの元まで行き、まんまと手に入れる。

後は会場から出ていく人の波に乗り、手荷物検査をくぐり抜けるだけ。とそこで、「宝石が盗まれたわ!」と持ち主の貴婦人の叫び声が響き、会場は騒然となる。

丁度手荷物検査を終えた私は無事に会場を抜け出した。

会場から少し離れたところで、後ろから、待てよ! と声を掛けられ、振り返ると会場で知り合った男だった。

今晩は、宝石も手に入れて、ロマンスまで手に入っちゃうの?



人気のない公園は、噴水や植木の花がライトアップされ、ロマンチックな雰囲気。

彼等の足元には鮮やかな紫のアイリスが咲いていた。
「君のことが気になって声かけようとしたのに、君の足が早くて、追いかけるみたいになってしまってごめん」

彼女はくすりと笑い嬉しいわ、と答える。

彼等は見つめ合い、彼女は言う。

「貴方ってよく見ると紫の瞳をしているのね、まるでveritasみたい」

彼は手を伸ばし、彼女の身体を引き寄せた。


そして、彼女のまとめた髪の中をばさりとほどき、彼女がまとめ髪の中に隠し持っていた首飾りを取り出したのだった!

「あんただろ、怪盗ヴェラって」

驚いて目を見開く彼女を、悪戯が成功したみたいに笑う彼。


何かが足りないと思ったんだ。

髪から足先まで全身美しく着飾っているのに、何かが足りないと違和感を覚えた。それは香りだ。香水が足りない。空間や印象に残らないために香水を付けるのを控えたのだろうけど、それが逆効果だった。こんな美しく着飾るのなら、香りを纏う事も不可欠だと思うだろ?



捕まらず逃げ切るルートを頭の中で計算するが、これは俺が返しておくし、君はさあ家に帰るんだ! と主張され、どうするのかと一晩様子を見ると、怪盗ヴェラではなく他の盗人が首飾りを盗み出し、会場内に一度隠したのを、たまたまパーティーに参加していた若い探偵が見つけ出し、犯人は逃亡中…というニュースになっていた。

なにそれ!?
探偵だったの!?



後日、私の元に贈り物が届いた。
夜のような紫色から透明のグラデーションがミステリアス。お洒落に紫の大きなぽんぽんがついた瓶。



 ANNICK GOUTAL
  Tenue De Soirée



あの時の君にはこの香りが似合う
と書かれたメッセージカードに、完敗した悔しさが込み上げてきて捨ててしまいたくなるのだ。が、なんとなく、気まぐれに、意味はないけれど、カードにトゥニュ ドゥ ソワレを吹き掛けて引き出しにしまっておいた。


あの夜と同じ格好をして、
トゥニュ ドゥ ソワレを纏って、
出会いからやり直そう。

あのキラキラと輝く紫色の瞳を、
怪盗の名にかけて手に入れなくては。 





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