友情と恋愛感情の違いとか、愛とか恋とか
何かをなくしたとき、それによって成長したと自分に言い聞かせて納得することでなんとかメンタルを保とうとする。
だからなくさなくてもよかったものを「なくしてよかった」と思い込んでしまう。
もっと酷いのは、なくさなくても良いものまで自分から捨て、なくしたから成長した、つもりになろうとする。
こうして不幸志願者になっていくんだ。
好きな人を捨てようと思ったことは1度もない。
私にとって好きな人は、恋とか愛とか以前に人として大切な人であり、幸せであってほしい人。あわよくばその幸せに私が絡んでてほしい。
絶対に逃げたりしないんだろうけど、もし万が一逃げてくるなら私の元にきてほしい。烏滸がましいのなんて重々承知の上で、安心できる場所になりたい。
こんな欲だらけになるくらい大好きなのにそんな気持ちになるわけがない。
でもやっぱり失うことに対しては不安になる。
この間の帰省の最終日、「漠然と不安になることない?」って聞いたら「あー、ないね。今浮かんだの年金のことだもんね。」と笑われた。私の好きな人は本当に一体なんなんだろう。
今満たされてても先が不安になる私と、今不安でも先のことは考えない彼。合わないながらもお互いの性格を認めあえていると思う。
ふと思った、彼が突拍子もないことを言い出したとき私はどこまで許せてしまうんだろう。
「明日から帰る」
これは余裕。
「今から○○行こう」
国内であれば着いていく。国外はお休み次第。
「1年外国に住む」
さすがに寂しいけど本当にしたいなら送り出す。
「1年一緒に外国に住もう」
彼が本気で先をある程度決めてくれるなら着いていく。
「浮気したい」はどうだろう。
まず意見を聞くのは絶対。心変わりなら論外だが、好奇心からなら止められないかもしれない。かなり考えるけど。
私、好きな人にかなり絶大な信頼を置いてる。今気がついた。好きな人とならどんなこともどうにかなるような、大丈夫な気がする。
自分が好きになった人だからという意味の「好きな人」ではなく、「○○くん(好きな人の名前)」だからという意味。
彼だから、大丈夫な気がする。
意外と薄情なところありそう、利害計算するの速そう、等々気になるところもある。
でも、それもそれで楽しそうだしどうにかなるかもね。笑ってはいられるよね。
楽しいことを沢山したい、わくわくしていたい。どんな類であれ好奇心を探究していたい。という気持ちがふたりとも強く、「面白いから許しちゃうこと」が沢山ある。
そんな彼が好きだし、そんな気持ちでこの先も生きていきたい。叶うならずっと一緒にいたい。
そういう気持ちも含め、好きってことにしてくれないだろうか。愛ってことにしてくれないだろうか。
恋愛での好きなのか、友情としての好きなのか、考えた途中の答え。
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