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外資系で始まり日系企業に行きついたあるビジネスマンの半生 ~2

自費留学をした私は、授業に必至で参加し企業の就職説明会に参加し、1年目が終わったあとの夏季休暇中のインターンシップ(サマージョブ)の就職活動を行った。50名程度いた企業派遣(そのほとんどが大手金融機関からの派遣)の人たちは、留学資金と2年間の給料支給を受けての留学生活であったので、自分の生活とは次元の違うものであった。 MBAには卒業後投資銀行や戦略コンサルタント業界で就職しようとして来ているアメリカ人の多かったので、すでに投資銀行から離れてきて留学をしている自分ともキャリアが異なっていた。 IVYリーグといわれる私立大学でのMBAの当時の年間の学費が250万円程度、2年間で500万円、生活費も合わせると800~1000万円程度かかった。 当時でも高かった2年間のコスト(その間無職となるため、働いていたら得られていたであろう収入を考えると)はそうとうの金額となる。 今は学費が2倍以上、生活費も同程度かかるといわれているので、普通の20歳後半から30歳前半の人間に負担できる金額ではなくなりつつあるようだ。事実日本からのMBA留学生も極端に減少している。 

これからMBA留学を考えいる方々に私のMBA受験の経験を共有したい。 MBA留学を思い立ったのは入社6年目の秋だった。そこから各MBAの受験手続をはじめ、GMATの勉強のための予備校に週末通い、受験資料(特に小論文)を準備し、ぎりぎりの3月に資料を3校に提出した。結果は3校とも不合格であった。 諦めきれない私は知人等から、「早めに受験書類を提出するほうが受かりやすい」と聞いたため、翌年全く同じ論文を提出しただけにも関わらず、8校を受験したことろ5校から年内中に合格の通知が届いてしまった。 そのうちの1校は前年に受験して不合格となった学校である。まったく内容の変わらない論文にかかわらずである! それからもう20年以上の歳月が経過してしまっているので、状況は変わっているかもしれないが、タイミングがすべてという事実を参考にしていただけるといいと思う。 

MBAでは、統計学、マーケティング、生産管理、財務会計、組織論等、3か月単位で数多くの課題をこなす。教授も、学生にこなしきれない課題を与えて高いプレッシャーを与えて、タイムマネジメントを学ばせていた。宿題を真面目に全部やろうとしても物理的にこなせない。 1回の学術論文を1000ページ以上課題として出されるコースもあった。さらに、1年目はリーダーシップに関するコースに全員強制参加させ、全く知らないクラスメート6名ほどでチームを作らせ、グループ課題をこなした。日本で受験勉強を経験してきた自分ではあったが、これほどまでに勉強をしなければいけなかったとは想像していなかった。

MBAといえば、ハーバード大学MBAのように必ず成績の悪い生徒を落第させることが普通と思い、必至で勉強をしてよい成績をとることが大命題と思っていた。ところが、私が行ったMBAスクールではなんと「落第する生徒はいない」という事実を知ったのは2年間の学生生活を終えて同級生が全員卒業したと知った時だった! 外資系で7年ほど働いてまったく一人で受験をして留学をした自分は、情報収集をしなかっため、今となっては滑稽な2年間を送ってしまった。 企業派遣の日本人留学生はそのことを情報を共有していたようで知っていたが、私はそのことを全く知らずに2年間過ごしてしまった。 










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