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夕食後の対話

コラム『あまのじゃく』1956/6/11 発行 
文化新聞  No. 2193


アイクの病気と株式相場

    主幹 吉 田 金 八 

 『アイゼンハウワーっていい人?』これはアイク米大統領の病気が新聞ラジオで騒ぎ立てられるのを耳にしての小学6年女児の問いである。
 『良い人だよ。人間としてはね。ただ日本人にとって良い人かどうかは判らない。向こうでは親切にしてやっている積もりかも知れないが、こっちにとっては迷惑な事もあるんだ。使う者と使われる者との考えの違うところかも知れないがね』という親父の答えは、少女の頭をやたら混乱させてしまうらしかった。
 学校の先生はこんな時難しいだろうなと思う。
 思った通りの事も、下手な口も聞けないからだ。
 『アイクが病気すると、どうしてニューヨークの株式が下がるんだろう』これは高校3年男児の疑問である。
『政権の変動がありはしないかという予想が、経済界を不安がらせるからさ。大統領が変われば政治、経済、外交のアメリカの国策が変わるかも知れない。ソ連の提案の軍縮にアメリカが賛成するなんて事になれば、アメリカの基幹産業は火の消えたように寂れるから、大統領の健康が株価を左右する事になるんだよ』
『しかし、おかしいな。平和になると景気が悪くなるなんて事は考えられない』
『それはアメリカの農業や工業生産力が、平和な状態では消化しきれないほど太平洋戦争で高まってしまった。だから、米国民も戦争はしたくないが、戦争準備の軍備増強には反対ではない。要するにアメリカの繁栄を維持するためには、資本主義共栄圏、言い換えれば アメリカ繁栄圏を保持しなければならない。
 そのために日本を始め、東南アジア、ヨーロッパと至る所で共産勢力と競り合い、軍事や経済援助を与える一方、アメリカの余剰農産物、工業製品の販路を確保している。
 体裁良く表面は援助のお得意様にして、アメリカの繁栄が成り立っている訳なのだ。大統領が替わればそうした政策が積極から消極になるとか、または、その反対になるか、あるいは全然変わってこない限りもなくはない。例えばマッカーサーの時には日本の非武装化をトコトンまで決めつけておいたのが、大統領が変われば自衛隊は軍隊ではない、というほどに憲法論議で国会がテンヤワンヤになる始末である。
 河野全権がソ連に講和条約の交渉に行って、本国に帰る前にアメリカに行って、報告指揮を受けなければならないほどの属国同様の日本であってみれば、アイクの病気は、日本の株式相場まで変動させる威力を持っている』
 親父の解説はラジオの時事解説者ほど明快でもないし含蓄も違うし、第一子供の信頼もある筈もないので、高校3年生いささか不満そうだったが、それ以上の深追いをして来なかったのは幸いである。
 あんまり追及されると親父の方が判らなくなってしまうからである。 


 コラム『あまのじゃく』は、埼玉県西武地方の日刊ローカル紙「文化新聞」に掲載された評判の風刺評論です。歯に衣着せぬ論評は大戦後の困窮にあえぐ読者の留飲を下げ、喝采を浴びました。70年後の現代社会にも、少しも色褪せず通用する評論だと信じます。
 このエッセイは発行当時の社会情勢を反映したものです。内容・表現において、現在とは相容れない物もありますが、著作者の意思を尊重して原文のまま掲載いたします】

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