見出し画像

イケメン警官と修羅場をともにした話(下)

前回の続き(上)からお読みください!

(血溜まりのようなものは、ほんとはペンキなんじゃないか?)

どこか目の前の現実を信じたくない気持ちがあったと思う。僕の住むエリアは閑静な住宅街、近くの公園では自然が広がり、ご老体が犬の散歩をしたり、ランニングしている人もいる、絵に描いたような平和そのものなのだ。

ところが、お金まで散らばっており、そして人の気配が感じられない静けさという異様さが、まるでファンタジーのようにさえ感じられた。

僕は110番に電話するか迷ったあげく、歩いて10分くらいのところに交番があることを思い出して、駆け込むことにした。
直接お巡りさんに説明して、現地確認するのか判断してもらおうと考えたわけだ。

交番に近づくと、ガラス越しに若い警官が1人でカウンターに座っているのが見えた。
まだ、朝5時台のことである。
その若い警官は、遠目からも僕が交番に用がある者とわかったのか、立ち上がって迎えてくれる態勢になった。さすがは警官、道ゆく一般市民の動きをちゃんと見ているらしい。

僕は見てきたことを、その若い警官に身振り手振りで必死に説明した(後から思えば、スマホで写真を取ればよかったと後悔した)。初めはきょとんとした顔をされたものの、僕の必死さが伝わったのか、名前と住所を記入してくださいというので、話しながら対応する。その若い警官は、当直室のような小部屋に入っていき、誰かに説明しているようで、もう1人警官がいるらしい。

しばらくして、先輩と思われる初老の警官が、出てきて、この若い警官に確認に行かせるので大丈夫ですよと言うやいなや、すぐに引っ込んでしまった。
ベテラン警官の態度から、なんとなく杞憂だろうと軽く思われているなと感じた。むしろ僕の単なる思い過ごしなら良いことなのだが。

集合住宅のオートロック式の外門を開ける必要があるため、僕はその若い警官を引き連れて、きた道を戻ることとなった。

交番では気が付かなかったが、横目でみるに、市原隼人に似た短髪イケメンだった(かなり若い市原隼人と思ってほしい)。
身長は170センチ前半の僕よりも、低く身体つきも小柄で、なんだか警官の制服もブカブカのように見えた。まだ、線の細い高校球児がそのまま警官になったという雰囲気だ。見た目としては少々頼りない感じがする。

僕はイケメン警官に話しかけ、会話を試みる。見た目こそ市原隼人だが、話してみるとあどけなさが残った少年のような印象がさらに強まった。

彼は20代前半、交番勤務はまだ6カ月くらい、仕事もまだ慣れないという。僕から話しかけないと、自分から話さないのは、まだ未熟な警官で慣れていないからか。こんな時代だし、公務員は不用意な発言はできないのかもしれないな等とも思ったりした。

すると突然、彼が自転車を忘れたので取りに行くと言い出した。私は中途半端な道にポツンと取り残され、待たされること約5分。
やはり新米警官だからか、要領があまりよろしくない。そのイケメン警官が颯爽と警官用の自転車にのって姿を表し、再び一緒に歩きだす。

そして、集合住宅の外門のオートロックを開けながら、

「僕の思い過ごしでしたら、朝からお手数をおかけしてしまいますね。」

「いや、これが私たちの仕事ですから••」

などと、一般市民の僕とイケメン警官の会話が繰り広げられているうちに、例の現場に到着する。


その瞬間、イケメン警官の表情が凍りついたのがわかった。顔面からサァーっと血の気が引く。
瞬きせず、血溜まりや何かが散らばっている状態をじっとみたままフリーズする。まさに息を呑むという感じだった。

彼の表情や態度見て、僕もただ事ではない雰囲気を感じ、目の前の警官がこれほど警戒する姿を見て、急に緊迫と不安感が出てきた。

「僕は部屋に戻っていますね••」と話しかけたのだが、彼はまったく余裕がないのか、僕の存在は忘れたかのように、こちらを見向きもしない。
そして、開いた玄関扉のあたりから室内に呼びかけはじめる。

「すみません、どなたかいらっしゃいますか••(ボソッ)」

「すみません、どなたかいらっしゃいますか••?中に入らせていたたきますよ(ボソッ)?」

そんな小声では聞こえないだろ!とツッコミたくなった。しかし、余裕のないイケメン警官をただ見守るしかできない。

彼は無線に手をかけて、応援を呼ぼうか悩んでいるようにも見えたが、結局は1人で対応することにしたようだ。交番で、あの初老の警官にお前1人で行って来いとでも言われたのを気にしているのだろうか。

イケメン警官が、恐る恐る室内に静かに入っていく。僕は頼りなさそうな彼をみて、めちゃくちゃ不安な気持ちになった。自分の部屋に戻るか悩んだあげく、少し離れたとこでウロウロしてしまう。

仮にも警官が現場検証しているわけで、僕が近づくことはできない。しかし、イケメン警官と僕しかこの状況を知らないわけで、もしよからぬ者が室内に潜んでおり、彼が襲われたらどうするのか?

一般市民の僕が、警官である彼を心配するのも失礼な話なのだが、そんなことを思ったりしてソワソワしていた。

玄関の扉は空いたまま、イケメン警官の姿が見えなくなってから、少しして、

「大丈夫ですか?聞こえますか!!」
「返事してください!」

!?!?!?

イケメン警官の声が響く。まさか被害者発見か!と思い、僕は血溜まりを避けながら、玄関付近に近づいた。

と、同時にイケメン警官が小走りに目の前まで出てきた。無線で意識不明な男性がどうとか、見た情報を伝えて、応援を呼んでいる。

と、その瞬間のことだった、

「あ''あ''あ''あ''あ''あ''あ''••」

イケメン警官と僕は、ほぼ同時に室内のほうに振り返った。

そこには、なんと

頭から真っ赤に血を流した男性

が這いずりながら、ヨロヨロと出てきたのである。服も血がたくさんついていた。

さながらゾンビ映画の1シーンのようだった。

正直そこからは、よく覚えていない。
僕は(ヒエッ)っとでも声を上げたかもしれない。

そこで、はじめてイケメン警官が、僕の存在を思い出したらしく、あなたは戻っててください!と指示を出してきたので、素直に従って自分の部屋に戻ることになった(邪魔してごめん••)。

そこから10分くらい経ってからだろうか、救急車の音が聞こえた。
部屋でじっとしていると次第に冷静になってくるもので、自分はジョギングをしようとしていたんだと思い出す。すでに時刻は6時台になっていた。

僕はそっーと玄関扉を開け、首だけ出して、そっと現場の様子を見た。
すると、警官が数人、ほかにも鑑識班らしき人たちが、なにやら道具を持って出入りしているようだった。

さらにしばらくして、インターホンがなった。
交番にいた初老の警官と初めて見る警官が、僕の部屋の玄関先にきて、こんなことをいった。

「今日は通報してくださって、ありがとうございました。ご本人は意識が朦朧とされており、病院に搬送されました。今現場を調べているのですが、おそらく事件性はないと思われますので••」

安心してください、ということらしい。
いや事件性はないのは同じ住宅の住人として大変喜ばしいことだ。

しかし、ではあの惨状は何なのか
本人が意識がない以上わからぬのだろうと思い、それ以上は何も聞かなかった。

一点、通報者が僕であることは伏せていただきたいと伝えたところ(交番で住所と名前を書いているので)了承いただいた。

その後、ホンモノの血は泡立ってプクプクするものなんだなぁとか、血だらけの男性の姿を思い出したりした。血の汚れは警察か鑑識の人がキレイにしていったが、そのあとも数週間は黒いシミが残っていた。

不思議とその住人とは鉢合わせすることはなく、ついに引っ越しするまで顔を見ることはなかった。彼はなぜあんなに血を流していたのか••いまでも謎である。

今振りかえって考えてみると、もし通報せずに、彼が万が一に亡くなりでもしたら、きっと僕は後悔してただろう
事故物件になることを回避したという意味では、大家さんには感謝してほしいものだとも思う。

この事件を忘れるくらい時間が経った頃、交番のまえにあのイケメン警官が立っているのを目撃した。(警官ってなぜ交番前に仁王立ちしているんだろう?)

僕はわざと近くを通り、彼に会釈をした。
イケメン警官も僕に気づいたようで、
(あっあの時の••ペコリ)と会釈を返してくれた。

可愛いやつめ、立派な警官になれよ。

僕はただの一般市民のくせに(むしろどちらかというと邪魔したほう・・)、まるで彼の後援者にでもなったようにご満悦な気分になっていた。これであの日の面倒ごとはすべてチャラってものである。

それから交番の前を通るのが、楽しみになったのは言うまでもない。

おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?