見出し画像

好きという祈り


学校の帰り
いつものように2人で待ち合わせ、自転車を押しながら、並んで帰る。風もない秋の夕暮れ時。

空も高く、日がくれたせいか、はっきり見えない薄い雲が、私の気持ちと同じに見える。

他愛もない話をしながら歩いていると、彼といつも別れる交差点に差し掛かった。

「私のこと好き?」と、聞いた。恋人同士なら、ごく普通にかわす言葉だ。

でも、私はいつも不安と願いが入り混じった言葉として、彼に伝えた。彼は「好きだよ」と、答えた。「ほんと?」と、聞きたくなったがやめておいた。違和感を感じたからだ。

彼の後ろ姿を見送りながら、わざと笑顔で、大きく手を振って明るく振る舞う。心が揺らいだことを彼に知られたくないからだ。


好きと口から出た言葉は、そのままどこかに飛んでいってしまう行先のない、落ち葉のようだった。それほど、彼の好きという言葉は、業務的で自分が期待したトーンの言葉ではなかった。


好きな気持ちは厄介だ。

自分が、相手を好きになればなるほど、自分と同じ量の気持ちなのかどうかが気になる。

私の方が量が多いのではないかと感じると不安になる。

好き?と、聞いてみて「好きだよ」と、言われたら、「本当?嘘?」と、思ってしまう。
でも、答え合わせできない。答えは確かめられない。確かめようがない。

好き?は、「私と気持ちは同じ?」という不安
好き?は、「私も愛して!」という願い

今日も私は
好きという「祈り」を彼の背中に送る。
「どうか、あなたも私のこと好きでいますように」

自転車にまたがり、私は家路についた。
すっかり日も落ち、街灯がついた見慣れた街並みは、夕暮れから夜になっていた。
ふと、顔をあげて空をみた。さっき見えた、空高く流れる薄い雲は、もう見えなくなっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?