【連載小説】見える二人①-3
現場は12階建てのマンションの7階703で38歳の男性が亡くなったと伊月は木下から聞いた。
「38歳ってかなり若いですけど、何で亡くなったかとかは分からないんですか。」伊月は木下にたずねる。
「まぁ、部屋に入ったら分かると思うよ。」
そうですかと伊月は返したものの、彼は生きていて一番の恐怖を感じていた。もしかすると部屋中に血が付いているのかもしれない。もしかすると怨念のある亡くなり方で霊からの攻撃を受けるのかもしれない。冷静ならあり得ないと思う事でも明確な答えをもらえない以上どんなことなのか見当がつかない。
そんな考えを頭に巡らせながら部屋へと入っていった。
扉の先は彼が思っていたよりも何もなく、靴を脱ぎ家の中へと入っていく。
廊下の途中には扉が3つあり2つは扉が閉まっていたが1つの扉は開いていて少し中をのぞくと誰かの部屋であっただろう形跡があった。奥まで進みダイニングまで来たところで、木下がダイニングの中央を指さした。
そこには、仲睦まじい夫婦が座っていた。
もちろん実際にはいない、木下も伊月もここにはいない人を見ている。だが、それが霊という類ではないことを木下はもちろん、初めて見る伊月もそう感じていた。二人はまるで誰かの思い出を見ているようだった。
「なぁ、美樹。今度の休みに家族でどこか行かないかな。」
「ダメよ、私はともかくあの娘は高校受験控えてるんだから。」
「まぁ、そっか。そうだよな。」
「でも、あの娘も気晴らししたいと思うから近くならいいんじゃない。行ってくれるか分かんないけどね。」
男の表情はあきらかにその一言で暗くなった。すると、玄関の扉が開く音が聞こえた。家に入ってきたのは、大きな荷物を背負って体操着を着た女の子だ。
「おかえり。」
男がダイニングから声をかけるも、返事はなく、さきほど廊下を歩いている際に扉の開いていた部屋に女の子は入っていく。
「ちょっと、京花返事ぐらいしなさい。」
ダイニングに一緒にいた美樹が部屋に向かって一喝した。
すると突然、さきほどまでいた美樹はいなくなり、男がスーツ姿で一人うなだれながらダイニングの椅子に座っている。
すると今度はそんな男の前にさきほど一喝した美樹と男の隣には部屋に入っていった京花が食事をしている。
「さっきお父さんが、今度の休みにどこか行かないかって言ってたんだけど、京花は行く。」
「いつなの。休みって。」
「たぶん、今度の週末よね。お父さん。」
男は返答せずにうつむくだけである。
「だったら行けるけど。」
「京花でも部活の練習は。」
「なんか体育館の工事らしくてないみたい。」
「行くな!!」
男はうつむいたままであったが突然立ち上がり大声で叫んだ。
「美樹行かなくていい。京花も行かなくていい。」
さきほど話していた男とあまりにも様子が違いすぎる。だが、その姿を見ることもなく美樹も京花も平然と食事をしながら話している。
「京花はなんかしたいこととか行きたいとこある。」
「別に特にない。」
「お母さんさ、バーベキュー行きたいんだけどどう。」
「いいんじゃない。」
「じゃあ、前日に買い出し行って。次の日バーベキュー行こっか。ねぇ、お父さん。」
その言葉を最後に美樹と京花の姿は消えた。
「ごめん、ごめん。京花の高校受験待ってからでもよかったのに。」
手の甲を口に当てながら男はかみしめるように言った。
「京花に、美樹に、全部俺のせいだ。ごめんな、ごめんな。」男はずっとむせび泣きながら二人に謝り続けていた。
伊月はすべての出来事を見て、緊張していた体は脱力し立っていることが出来ず、尻もちをついた。ゆっくりと伊月は、立っている木下を見る。木下は下唇をかみしめながら、じっとさきほどまで男がいた場所を見つめている。
「なんなんですか、さっきの。」
泣きそうな声で伊月は木下にたずねた。
「さっきのが、俺と伊月くんがペアになっている理由だ。この部屋にはもうすでに何人もの人が住んでいる。だが、さっきも聞いたような男の泣く声は全員聞いたらしい。いわゆる事故物件だよ、ここは。俺たちの遺品整理の仕事はこの部屋で何があったのかを、ただ見る仕事。」
「はぁ、ちょっと待ってください。見てどうするんですか。ここで何か探すとかじゃないんですか。」
「俺たちの仕事は依頼されても手伝えないことをする。それは、この家に、この部屋にずっと離れず残ってる。亡くなった人の思い出を見るという仕事。その思い出が、今日のような亡くなった人にとって辛い思い出かもしれない。良い思い出かもしれない。それを依頼された方に伝えるという仕事だ。」
木下の説明は伊月を混乱させる一方であった。伊月はここでの仕事を勘違いしていた。ここには自分の居場所はないと伊月はそう思い始めていた。
「じゃあ、伊月くん戻ろっか。もうこんな時間だし。」
その言葉で伊月はハッとし窓の外を見ると、着いたのは昼前だったはずが夕陽が出ているような時間になっていることに伊月は気付き、驚いた。伊月の体感では30分ほどしか部屋にはいていないと思っていたからだ。
「車の中で詳しいこと話すから。とにかくもう出よう。」
そう言って木下は伊月を引き起こし、703の部屋を後にした。
伊月は車の中に戻っても依然として動揺している。木下はそんな伊月の背中をさすりながら身の上話を口にした。
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