舞うイチゴ 《#シロクマ文芸部》

『舞うイチゴ、はーじまーるよー!』
まるで教育テレビの番組が始まるような掛け声で、紅白帽子をかぶった1年生が一斉にトラック中央に集まる。
『きゃ~1年生ってほんと癒されるぅ』『見て! 帽子のてっぺんにヘタがついてる。かわいい~』
にこやかな言葉があちこちから漏れているのも直くんママのビデオには録画されている。

五月晴れの土曜。コロナが5類になって、久しぶりに保護者観覧も許された運動会。
ここ二年間は単なる体力テスト並みのことしか行っていなかったらしいけど、今年は6年生のマーチングも4年生のソーラン節も披露される。
時間短縮のため、1年生は徒競走とお遊戯を合体させた「舞うイチゴ」。50M走の間に他の子はトラック中央で「イチゴダンス」をして待つ。

両手をあげてパンパンパン
小鳥さんはパタパタパタ
片足ちょん。片足ちょん。大きく回してイーチーゴー!

市立一郷いちごう小学校だから1年生は昔からイチゴダンス。ダンスといっても準備体操みたいな動きの繰り返し。

ダンスでも徒競走でも、私はとにかく我が子の雄姿を買い替えたばかりのビデオで撮り続けた、つもりだった。
笑顔で踊る那奈。かけっこのスタートに成功する那奈。必死で走る那奈。ゴールする那奈。
「がんばれ」や「よくやった」の声は、録音されないように心で叫ぶ。後ろで観覧している知らないパパさんの「行けーー!」は、ほんと邪魔。
細心の注意を払って、ずっと那奈だけを撮り続けたのに。
1年生が退場門から消え、「録画停止ボタン」を押したと思った瞬間に録画が開始され、自分がとんでもないミスをしてしまったと気づいた。

夫は「オレはちゃんと肉眼で見てたから大丈夫だよ」というけど、そういう問題じゃない。
じじばばにも見せなきゃいけなかったのに。
帰ってから家族で見て盛り上がりたかったのに。
もう一度、那奈のがんばった姿が見たくて、振替休日の今日、幼稚園から仲良しの直くんの家にお邪魔している。那奈と直くんはビデオに興味ないと言って部屋で遊んでいる。

直くんママは、三脚でトラック全体が映るように固定録画し、パパさんが時々別のカメラでシャッターを切っていた。テレビに繋げてもらった映像を見ると本当に随分と引きで撮っている。
「え、直くん、どこにいるか全然わかんないじゃん」
「うん。でも1年生は、この雑多な感じがカワイイじゃん?」
直くんママが紅茶のお代わりをいれながら笑う。
那奈も踊りは映ってないけど、この角度ならゴールはちゃんと見れるはず。実を言うと、ずっとアップで撮っていたから何位だったのかよく分かってない。那奈は「3位」だと言ってたけど、6人中3位だなんて、そんなわけないと思う。順位判定しているのは6年生だから、今日しっかり確認してやろうという気持ちもあった。

ダンスが始まって驚いた。
1組さんは、曲にピッタリあわせて前を見て踊っている。
2組さんの、後方で小競り合いが起きている。那奈は前の方だったから知らなかった。巻き込まれなくてよかった。若い男性担任が宥めてる。
3組さんも、なんだかワチャワチャしている。直くんのクラスだ。前方の何かを指さして笑っている子もいる。

小学校に入学してわずか2か月なのに、こんなにも差が出るなんて。
那奈も1組だったらよかったのに。1組のベテラン先生だったら、ダンスも勉強も、なんでも安心して任せられる気がする。
先生は子供を選べるのに、子供は先生を選べない。
なんか、ずるい。
私は少し渋くなってしまった紅茶を飲み込んだ。


「あ、3コース、那奈ちゃんじゃない?」
直くんママがテレビ画面を指さして教えてくれた。
本当だ。運動会では見失わないようにと、蛍光ピンクの靴下を履かせたから間違いない。両手をきちんとグーにして走る準備している。
スタートのピストルが鳴ったと同時に、前傾のまま走り出した。
よし。いいスタート。
――両手をあげてぱんぱんぱん
体操クラブに通わせていてよかった。運動神経はいいのだ。私と違って。だけど……。
――小鳥さんはパタパタパタ
ファインダーを覗いていたときは、ぐんぐんスピードを上げているように思ったけど、あらためて6人全員を見るとそうでもない。明らかに一人速い女の子がゴールテープを切った。
他の5人は団子状態だった。
『大きく回してイーチーゴー!』の歌が虚しく響く。

「那奈ちゃん、速いねぇ。走り方が出来上がってるよね」
「そうかな」
褒められた嬉しさ半分。その出来上がっている走りが全然目立ってないことの悔しさ半分で返事した。
そうだ。体育の時間のタイム測定で運動会の出走順が決まる。だから体育ではわざと手を抜く子もいる。そうすれば運動会本番で1位が取れるから。

うちの那奈は真面目だから。いつも一生懸命だから。
だから、ちょっと損をする。

「あーあ。2組の男子、乱闘だね」
直くんママは画面を見て爆笑している。乱闘というのは大袈裟だけど、小さい諍いのうちに先生がちゃんと宥められないようでは困る。これから先が心配になった。
「あ、直だ」
第5コースに直くんがぼーっと立っている。
パンッと鳴る音でちょっとジャンプして、隣の子が走り出したのを見てから慌てて追いかけるように走る。
『なーおー! がんばれーー!』
録画の中の、直くんママとパパさんの声が響く。
それに気づいて直くんがちょっと振り返る。
『前見ろ、まーえー!』
『もう、ばかだなぁ、あいつ』
ふたりの仲良さそうな笑い声が聞こえる。
ゴール直前で「大きく回してイーチーゴー!」の音声が聞こえると、それに合わせて直くんが突然ジャンプして片手を上に突き上げた。
『やだぁ。ふつう、あそこで踊る?』
手を叩いて笑っている声がテレビ画面から大きく響く。

那奈と直くんが、笑い声につられたのか部屋からでてきた。
直くんママは、恥ずかしそうにしている直くんに近づいてギュッと抱きしめ、「直のかわいい踊り、また見ちゃったよ」と頭をグリグリした。
それを見た那奈が小さく声を出した。
「ママ。那奈、本当に3位だったでしょ。ごめんなさい」
那奈が謝ったことにびっくりして、思わず直くんママの様子をうかがってしまう。まるで1位を取れなかったことを私が叱っていたみたいじゃない。家では怖い母だと直くんママに誤解されてしまう。やだ。
「なんで謝るの。那奈がんばって走ってたね。かっこよかったよ」
「ほんと?」
那奈が運動会で頑張っていたことは、当日たくさん褒めたつもりだった。だけど、それより3位判定がおかしいというイライラの方が強く伝わっていたのかもしれない。ごめん、那奈。
「ほんとだよ。那奈サイコー!」
私は親指を立ててグーを作り、大袈裟に笑顔を作る。那奈はやっとほっとしたように笑う。
「やったぁ」と抱き付く那奈をギュっと抱きしめた。

***

「ねぇ。この端っこの先生がすっごい気になるんだけど、誰?」
直くんのおうちで2回目の録画再生。今度こそ、1年生みんなの可愛い踊りをしっかり目に焼き付けようと、端から端まで画面を確認して気づいた。
一年生と同じ、だけどサイズの合わない帽子をかぶったジャージの女性が、3組と相対するように競技中ずっとキレッキレで踊り続けている。1年生はあの踊りを見て真似ていたのかな。3組さんが指差して笑っていたのは、あの先生のことか。
「犬田センセイだよ」
那奈が答える。
「何年の先生?」
「しらない。ソーラン節もあそこで踊ってたよ」
ふーん。先生も大変だね、と思いながら「いちごみるく」をひとつぽいっと口に入れた。

(了)

こちらの企画に参加しました。ずいぶん長くなってしまいました。お読みいただきありがとうございます。
ファインダー越しの我が子だけ見れればいいという親、いるよなぁと毒をちりばめ、自戒の意味も込めて描きました。
***以降は、余談みたいなものです。よかったら前回の「咳をしても」も合わせてお読みください。

※公開後に意味不明な文章のあちこちを何度も直してしまいました。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。