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凍える星《#シロクマ文芸部》

凍った星をグラスに。
さらに三奈ちゃんは、極細ポッキー1袋25本を氷の入ったグラスに差す。
三奈ちゃんの中学生のお姉ちゃんが昭和レトロにハマっているらしく、これも「ポッキーオンザロック」という昭和に流行った食べ方らしい。私にはよく分からないけれど。
「チョコが溶けなくていいでしょ」
三奈ちゃんがみんなに言う。
「星型の氷、オシャレだね」
一太くんに褒められた三奈ちゃんは、うふふと頬をほんのり染めた。
「細い!」と文句言いながらもポッキーに手を伸ばした吾郎ちゃんを、ニコちゃんが「まだダメ」と叱る。

用意した極細ポッキーは2袋入りの2箱で、合計100本。それは誰かが「百物語やろう」と言い出したから。
本当は、ひとりひとつずつ怖い話をして百本の蝋燭の火を消していき、最後の明かりが消えたときに怖いことが訪れるという肝試しみたいなものだけど、留守中にロウソクを使うなんて絶対ダメと言われたので、なぜかポッキーを使うことになった。
だから全然怖くなんてない、単なるパーティーになっちゃったな。残念。

100本のポッキーはグラスに入らないからと、とりあえず1袋25本だけ準備をしたところで、三奈ちゃんのお母さんはお姉ちゃんをバレエ教室に連れて行くため降り出した雨の中、車で出かけた。

今この家には、一太くん、ニコちゃん、三奈ちゃん、吾郎ちゃんと私。いつものメンバー5人だけ。ちょうどいい。

「じゃあ私から話すよ」
ニコちゃんがお得意の怪談。でもおばあちゃんちでの恐怖体験という話は、どこかの本で読んだような気がした。
「……だけど、そこには誰もいなかったんだって」
「イヤー。こわいー」
ニコちゃんの話が終わると三奈ちゃんは泣きそうな顔になっている。ニコちゃんはニヤニヤしながらポッキーを1本食べ始める。
ずるい、オレも食べたいと吾郎ちゃんが手を伸ばすとニコちゃんがペシンと手を叩き、怖い話をしてからだよと窘めた。吾郎ちゃんは慌てて「あくまの人形」の話を始める。
オチが「あ、クマの人形」という全然怖くないやつだ。みんなクスクス笑い始め、思った通りのオチで爆笑の中、吾郎ちゃんがポッキーを勢いよく口におさめていく。

「ねえ、でも100個も怖い話ある? おれはこの話だけだよ。25個だって無理じゃね?」
ひとつしかない怪談がソレかよ、というニコちゃんのツッコミも気にしない吾郎ちゃんは、とにかくポッキーを食べるペースが不満のようだ。
私も気にしない性格だったらよかったのにと今更少しだけ後悔する。

「じゃあ、ひとつ話が終わるたびに、みんなで1本ずつ食べようか。この25本が無くなったらお終いね」
「そうだね。私はもう2つくらい話せるよ」
ニコちゃんが計算しながら言う。みんなが賛同し、まだ食べていないメンバーも2話ぶんのポッキーを食べ始めた。

みんな本気で百物語なんてする気がなかったんだ、と私はポッキーを食べながら少しがっかりしていた。
一太くんだけは違うと思いたい私がチラリと彼の顔を覗き込むと、彼は残りのポッキーの本数を数えて満足げな顔をしていた。意外と食いしん坊なのかもしれない。

次に三奈ちゃんが、またどこかで聞いたような「合わせ鏡」の話をして、あまり盛り上がらないまま、みんなで1本ずつポリポリ食べる。

「じゃあ、次は僕。凍えて星になってしまった女の子の話」

一太くんがそう宣言すると、急に外の雨足が強くなった気がした。
レースのカーテンの隙間から見える雨粒が、さっきより大きい。

ポキッ。

ニコちゃんの口に入ったポッキーは意図せず折れて床に落ちた。
三奈ちゃんは、瞳だけ一太くんに向けてじっと動かない。
「よく一緒に遊んでいた四つ葉ちゃんっていう女の子が、冬休み……」
「やめてよ!」
ニコちゃんが大声で叫ぶと吾郎ちゃんがビクっと体を揺らして「びびったぁ」と呟いた。
「そういえば、四つ葉ちゃんって4年のとき……」と、2年前は別のクラスだった吾郎ちゃんが悪気なくこぼすと、今度は三奈ちゃんが割って入る。
「やめようよ、そんな話。マジで気分悪い」
窓に雨がぶつかる音が急に激しくなる。
「気分悪いって何? みんな友達だっただろ」
一太くんは三奈ちゃんとニコちゃんを静かに見つめて言い返した。

そうだ。みんな友達だった。
「だって! 四つ葉が泳ぎが得意だなんて自慢するからいけないんだよ」
ニコちゃんは心底嫌そうな顔つきでそう言って、一太くんから目を逸らした。

庭木の枝が激しく風に揺さぶられている。
激しくなった雨はリズムを刻むように窓にぶつかっては休んでを繰り返し、雨音が大きくてみんなの声がよく聞こえない。
「そんなに嫌ならやめるよ。その四つ葉ちゃんは川の事故で死んだけど今でも友達で、いつもそばにいるって話! おわりっ!」
一太くんは怒ったように言い切って、グラスのポッキーを1本つまんだ。
この話を終わらせたいみんなも、1本ずつもぎ取るようにポッキーを持つ。

風が急に止んた。
雨音も少しだけ小さくなったように感じる。
少し冷静に戻ったと思えた三奈ちゃんの顔が、それでもみるみる青ざめたのが分かった。
「ねぇ、待って……」
三奈ちゃんは手にポッキーを持ったまま、グラスを凝視して言う。
「残り……5本しかないよ。なんで……」
ニコちゃんが、ひっと息をのんだ。

いつメン全員の話が1周して、みんな1本ずつ食べたポッキー。
「最初は25本。もっと残ってるはずだ」
一太くんが呟くと、吾郎ちゃんがメンバーを指さして計算を始めた。
4×4=16本ししじゅうろっぽん減って9本残ってるはず。ほんとだ。俺じゃねぇよ、俺、食べてねぇからな」
吾郎ちゃんは慌てて否定するけど、女子メン2人にとっては寧ろ、吾郎ちゃんがこっそり食べてくれていた方がどんなに気が楽だったか。
「いつものメンバーが食べてるんだろ」
一太くんは瞳を少し伏せて呟くと、ニコちゃんと三奈ちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。

カラン。

星形の氷が崩れて溺れる音だけが部屋に響いた。

(了)

小牧さんの企画に参加させていただきました。ありがとうございます。
少し長くなってしまいました & いつも暗い話ですみません。。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 サポートしていただいた分は、創作活動に励んでいらっしゃる他の方に還元します。