蒲田駅のねずみおじさん

帰りに降りた、蒲田駅での出来事です。
人が人の心を動かした瞬間に出会いました。

iPhone13に搭載されたSuicaを、改札が容易く反応できるように、カードタッチ部に対して約45°くらい角度を保ちつつ、「しっかりタッチ」の文字の上の枠にしっかりタッチして、無事改札を出た後に面を上げると、飲み会が終わって帰る間際の、スーツを着た知らないおじさんたちに目が留まりました。2対3に別れて、それぞれ帰路の線の電車に乗るようです。

2人組の方の1人のおじさんは、まるで「ねずみくんのチョッキ」の、紺色バージョンです。
なぜねずみくんを思い出したのかというと、そのおじさんが着ていた服がチョッキだったからです。
さらには、私の着ていた服が赤色だったのです。
チョッキと赤色の組み合わせで思い出すのは、「ねずみくんのチョッキ」です。

おじさんの呼び方を決めるのが難しいので、今後は「ねずみおじさん」と称することにします。

ねずみおじさんは、胴体と上腕部の角度を横に90°、さらには上腕部と前腕部の角度を上に90°にして、前腕部を左右に揺らしていました。
手は、ナマケモノの手のようです。力を抜いた状態で、木の枝にぶら下がりながら睡眠も出来そうな湾曲具合です。


その時、ねずみおじさんとの距離は5.7m、1秒後、私はねずみおじさんに心を動かされます。


わずか0.5秒にも足らない速さです。ねずみおじさんは、前腕部を揺らし続けたまま、10本の指を指を硬く内側に閉じて、拳に変化させたと思いきや、人差し指と中指を真っ直ぐに天に突き刺しました。

蟹にも見えるボディランゲージ、それは平和のピースサインです。

頭の中に流れ出す、米津玄師の声と、ヒロアカの映像。強くなりたい、独りで生きていくんだと決意した、あの日の記憶が思い返されます。

「何言うとんねんお前。一生1人は寂しいで、さびしぬで」
京ことばの「き」の字もない、強い京都弁で突っ込まれた、9月のあの日の声が再生されます。

どっかへ遠くへ行ってしまいたいな。
不用意に誰かを傷つけてしまいそうな脆さから逃げ出したい気持ちを抱えながら、卵を積み上げるように言葉を生み出す時間は、何よりもひとりぼっちです。

それでも私は、ねずみおじさんがもつ、他の3人のおじさんに対する、親和と愛情、喜びを、また会いたいと伝えようとする心を、気持ちを、意思を、天に突き刺した4本の指から、しかと受け取りました。

他人と縁を築いていくことは、まるでお化け屋敷で、怖くて恐ろしくて堪らないですが、私は、糸切りばさみを持つことをやめようと思いました。

そして同時に、ねずみおじさんが持つような平和を、愛情を見つけるために、またどこかに、誰かの情熱の記憶を抱えたまま、ひとりぼっちではない一人旅に出かけたいと思うのです。

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