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モロイシンジのお仕事#4〜ヒツゼンチャーハン〜

 諸井は洗濯を終えるとおもむろに料理を始めた。料理といっても諸井にレパートリーは一つしかない。昨晩炊いて余った米を皿に移し、熱を冷ます。フライパンに大量のゴマ油を流し込みそのまま強火で加熱する。そのまま放置している間に卵を溶き、熱されたフライパンに米を投入する。

 米一粒一粒にゴマ油が染み込んでいく様を諸井は、米が美味しくなるプール遊びと名付けている。変わり者であるが、そのネーミングを他人に話したところで理解が得られないことは理解しているため、その名は本人の頭の中にとどめている。

 プール遊びを十分行った米に溶いた卵を流し込む。遊び疲れた米を黄色く優しくコーティングする。混ざったら冷凍された万能ネギを加え、塩胡椒と醤油で仕上げを行う。

 諸井唯一のレパートリーは炒飯である。普段料理をしない諸井も炒飯だけは自分で作って食べる。一連の調理動作は何度も行われてきたもので少しの迷いもない。

 フライパンの中で出来上がった炒飯を皿に移し、テーブルに置き

「いただきます」

 一人暮らしの独身君主の部屋に、明るいとも暗いともとれない、平常温度の食前儀式が響いた。諸井は必ず食事をする前にいただきます、を言うようにしている。そうしなければいけないと決められているからするのではなく、そうした方がいいと自分で判断しているからそうする、それが道徳であると諸井は口癖のように話している。

 諸井は自分で作った炒飯を食べながら、先ほど榊原が仕事場で横浜の中華街の案内サイトを調べていたことを思い出した。次のロケ地はとなると横浜か、そうなれば日帰りで行ける距離だが、榊原のことだからせっかくの外ロケなので何本も動画を撮ってくることだろう。そんなことを考えながら今一度自分の作った炒飯に目を向けある記憶について思いを巡らせた。


 諸井が小学生の頃、調理実習は何度か行われたが、諸井は調理の工程を覚えることが出来ず、一つ一つの動作を逐一配られたレシピを熟読しながら作ろうとして、結局は同じ班の女子に仕事を奪われてしまった。
そんな調理実習が続いたが、男子生徒大勢で、簡単な料理がいいと家庭科の先生に伝えたところ、一度だけメニューが炒飯になったことがあった。その時に奇跡が起きたのである。

 諸井少年は、今まで調理実習にて活躍できなかったことを心ではまずいと思っていた。大人の真似事のような発言を連発する小学生であり、ませていた諸井にとって、勉強や運動よりむしろ家庭科はそつなくこなさなければいけない科目であったのだ。 

 これならどうとでもなるだろうと、賭けに出た諸井はレシピも見ずにフライパンに大量の油をひいて、火にかけ、米を投入し卵をその上から流し込んだ。

 一切迷いのない動作に同じ班の女子は驚き、出来上がりを試食した男子からは

「すげえ!美味い!今までシンジはやっぱ女子にシゴトゆずってただけだった!」

と持て囃された。大人びた女子の中には

「たまたまでしょ、演技じゃなくてシンジくんいっつもほんとにあたふたしてるもん」

 そのように指摘する者もいた。しかし当時から諸井はこの手の物言いに動じる男ではなかった。

「たまたまって偶然ってこと?違う違うヒツゼンだよ。俺のこのチャーハンは奇跡みたいに美味しいけど、美味しくなるべくしてなってるっていう、そういうものなんだぜ」

 家庭科室にいた男全員はその言葉の意味は分からないがとにかく歓声をあげ、懐疑派であった女子もその一言により、けむに巻かれてしまった。


 華々しい過去に思いを巡らせながら諸井は目の前の炒飯を完食した。

「榊原くん〜中華街にはこのチャーハンより美味しいチャーハンがあるかね、それを探す企画にしようよね。あったとしてそれは七つ星の中華レストランか。店名は北斗七星。いいじゃない、張り合いがあるってもんだあ」

 諸井は一度思考に耽ると、酒を飲んでなくとも一人でこの調子である。まだ夜は長いが、この男の頭の中では、サイコロを振りこれから出る目を楽しみに待っている時間のように一瞬で過ぎていったのだった。





奇跡的に途中から目を通していただけて
これまた奇跡的に始まりが気になってくださった方
そんな方がもしいらっしゃいましたら、マガジンにまとめてあります…!


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