見出し画像

ミス・ヘブン


彼女のくちづけを受けると天国に行ける、と噂の聖女、ミス・ヘブンが、ここ、ワルシャの街にやってくる、となり、街は大賑わいだった。
彼女の到着は日曜日だが、前日から広場では出店が並び、盛況だった。
日曜日の朝、お小遣いを貰ったニールとリタの兄妹は、手を繋いで、出店を冷やかしていた。
「良い子にしてたら、聖女様にくちづけしていただけるぞ」そう言う大人たちを兄妹は不思議な気持ちで見ていた。
―だってそうだろう?天国に行くってことは死ぬってことで、死ぬってことは生きてないってことで、誰も本当に<天国>に行けたか、確認取れてないじゃないか…。と、クールな意見を二人は持っていた。

冷たいラムネを二本買い、仲良く木陰で飲んでいたら、急に声が響いてきた。
「あー、いいなぁ!ラムネ!」
どうも上―木の上から聞こえる、と、ストン、とまるで軽業師のような身のこなしで少女が降りてきた。
歳の頃は14、5歳だろうか?
亜麻色の髪の毛は緩くウェーブがかかっており、瞳は茶色だ。簡素なワンピースを着ている。
「いいなぁ」とまた彼女は言った。
ニールとリタは仲良くラムネを自分の背後に隠した。その様子を見て、少女はカラカラと笑った。
「盗らないよー。そんなことしたら、バチが当たるもの」うふふ、と笑い「神様っていうのは、常に私たちを見てるんだってさ、本当かな?」とニールに目配せしてきた。
ニールは迷ったが、答えた「それはないんじゃないかなぁ」
「あら、どうして?」と少女は目をパチクリ。
「だってさ、人間以外にも動物とか植物とかさ、いっぱい生きものはいるじゃん?それを全部神様ひとり?で見るのは無理だと思うな」
その答えに少女は目を丸くし、「最高!」と手を叩いた。「私も同じ意見よ…言ったら怒られるから言えないけど」
顔の前に指を立て、しーっとする仕草。
「神様、そんなにひまじゃないわよね?」
リタが口を開いた。
「お姉さんは、神様を信じてないの?」
そうねぇ、とくるんとひと回転、スカートが揺れる。
「一応、信じては、いるかなぁ」
何とも歯切れの悪い答えだ。
「なんていうかな、<信じる>、<信じない>以前に<存在する>って教えられてきたから、他のひとがどう思ってるのかなー?って思って」君たちに聞いてみたの、ありがとね、と少女は言った。
「ラムネ…飲みたいけど、お金ないしな…」またくるん。「そろそろ帰るかなぁ…怒られるのもめんどうだし」
ニールは不思議に思い、訊きました。
「お金持ってないって、君は浮浪者なの?」
少女はスカートを手でちょっとつまんでお辞儀してみせた。「見える?」
「ううん」ニールは首を横に振った。
よほど躾の厳しい名家の子どもなのだろうか?
それにしては身なりが質素だが…。
考えていると、リタが服の袖をひっぱってきた。
「ん?なんだよ」
「お兄ちゃん、お金まだある?」私はこんだけ、と手のひらにコインをのせている。
ニールはズボンのポケットをまさぐった。
果たして、出てきたコインを合わせて、二人は少女にラムネをごちそうした。
「いいの?」
「いいの」コクンとうなづくリタ。
「まぁ、遠慮せずに」とわざとらしく大人びた口調でニール。
少女は喜んだ。
「嬉しい!こんなに親切にされるの初めてよ!」
お礼に、と言って、少女は兄妹二人の頬にくちづけをした。
「ありがとう!今日のことは忘れないわ!」
言い残し、少女は風のように走り去っていった。
※※※※
母に言われていた時間にギリギリ間に合った。
聖女様―ミス・ヘブンが馬車に乗り、街を練り歩くのだ。その姿を一目見ようと、出店も空にして、大人たちは盛り上がっている。
果たして、ミス・ヘブンはシスター服にヴェールをしていて、顔がはっきりと見えない。だが、歳の頃は14、5歳に見える。そうして緩くウェーブがかかった亜麻色の髪の毛…。
兄妹は顔を見合わせた。
リタが小声で言った。
「お兄ちゃん…もしかしたら、<天使>っているのかな?」
「いるのかもしれない」とニールは妹の問いに答えた。

彼女のくちづけを受けると天国に行ける、と噂の、ミス・ヘブン。
この兄妹が<天国>へ行けるのかは、わからない。

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?